昆虫担当学芸員協議会ニュース16号
Published by Kana on 2007/9/5 (13867 reads)
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第15回昆虫担当学芸員協議会総会の報告
本協議会の第15回総会が、鹿児島大学における日本昆虫学会第66回大会A会場で2006年9月17日(日)17:30〜19:30に小集会の形で開催された。テーマが、博物館施設としてどのような種情報データベースを構築していくのか、という博物館の根幹に関わるものだったので、参加者は48名と非常に多数であった。各話題については、本号に記事を掲載したので、ご覧いただきたい。総会終了後には、恒例の懇親会を会場近くで行った。話題提供のテーマの決定、会場の手配、懇親会の準備などで中峯浩司氏・祝 輝男氏に誠にお世話になった。お礼申し上げる。
総会参加者(50音順)
荒川賢良(植物防疫所調査研究部),石川 忠(東京農大・農・昆虫),伊藤元己(東大・総合文化・広域システム),上田恭一郎(北九州市立自然史・歴史博物館),碓井 徹(埼玉県立自然の博物館),太田有里(北大大学院理学研究科),大島康宏(九大院・比文・生物体系),大原賢二(徳島県立博),大原直通(さいたま市),大原昌宏(北大総合博物館),大場信義(大場蛍研究所),奥寺 繁(埼玉大院),小田切顕一(九大院・比文),金沢 至(大阪市立自然史博物館),勝山礼一朗(九大・比文・生物体系),金子順一郎(群馬県沼田市),小西和彦(北海道農業研究センター),佐藤隆士(鳥取県立博物館),佐藤友香(福井市自然史博物館),四方圭一郎(飯田市美術博物館),篠原明彦(国立科学博物館),初宿成彦(大阪市立自然史博物館),神保宇嗣(東大・院・総合文化),須島充昭(東大・総合文化),箭内 緑(島根大院・生物資源・動物生態),高橋 元(山口大・理),多田内修(九大・農学研究院),友国雅章(国立科学博物館),中西明徳(兵庫県立人と自然の博物館),中原正登(佐賀県立宇宙科学館),中峯浩司(鹿児島県立博物館),畑田 彩(総合地球環境学研究所),樋口弘道(宇都宮市),広渡俊哉(大阪府立大),平田慎一郎(きしわだ自然資料館),細石真吾(九大熱帯農学研究センター),黄 国華(大阪府立大),前藤 薫(神戸大・農),松本吏樹郎(大阪市立自然史博物館),宮武頼夫(関西大学),八木 剛(兵庫県立人と自然の博物館),矢後勝也(東大院・理),矢田 脩(九大・比文・生物体系),柳本義治(佐賀県立宇宙科学館),山田量崇(大阪府大院・生命環境・昆虫),吉武 啓(東大・院・総合文化),吉村正志(九大熱帯農学研究センター),渡邉 融(国立遺伝学研究所).
「種情報データベースの構築と利用」
アジア産農林害虫・有用昆虫の種情報の体系化・
ネットワーク化と分散検索システム
多田内 修(九州大学大学院農学研究院昆虫学教室)
金沢 至(大阪市立自然史博物館)
1.はじめに
科学研究費基盤研究(A)「アジア産農林害虫・有用昆虫の種情報の体系化・ネットワーク化と分散検索システム」(研究代表者:多田内 修、課題番号:18208006、期間:平成18〜20年度)が採択され、総勢約20名のプロジェクトが動き出した。このプロジェクトの背景は次のようである。
アジアを中心に人口の爆発的増加により、今日では地球規模で食糧増産が求められている。農産物の安定的供給にあたっては、病害虫の制御方法の確立や有用昆虫類の利用の拡大が望まれている。このような状況にあって、研究の基礎となる昆虫類の種情報の体系化とネットワーク化は著しく遅れ、3000万とも5000万とも推定される熱帯地域の昆虫類の膨大な種数とあいまって、応用研究の進展を阻んでいる。現在知られている約100万種の昆虫はそのわずか数%にすぎず、今後熱帯地域を中心に膨大な種の昆虫が発見される可能性を残している。
日本の昆虫については、多田内らが構築した日本産昆虫目録データベース(1990)で28,937種の記録があり、その後の増加により現在は約3万種が発見されている。しかし、その解明度は30%程度にしかすぎないとされる。このように膨大な種数を含む昆虫類については、その正確な同定とともに種情報の集積と体系化、利用のためのネットワーク化が必要不可欠であると考えられる。近年種多様性の問題と相まって生態学的見地からの昆虫類の研究は盛んであるが、その基礎となる種の同定には多大の時間と種情報の集積が必要と言わざるをえない。また、アジア各国では、害虫類の種情報の集積と正確な同定技術の確立は、農業振興上きわめて重要と考えられる。
2.プロジェクトの背景
近年データ通信網の発達により、主要国で蓄積されつつある生物情報に関する国際的情報ネットワーク作りの気運が高まっている。1996年6月にOECD/CSTP (経済協力開発機構科学技術政策委員会)がメガサイエンス・フォーラムを立ち上げ、1998年に「地球規模問題に関するワークショップ」を開催した。翌年には生物情報ワーキンググループによるGBIF設置勧告が行われ、OECD科学担当閣僚会合により、2001年にGBIF(地球規模生物多様性情報機構)が正式に発足し、イギリスのBioNETなどとともに、その取り組みが開始されている。現在のところ、高等植物、脊椎動物などは種数が少ないこともあり、一定の成果をあげている。しかし、とくに昆虫類については膨大な種数を含むため取り組みが大幅に遅れており、まだ国外でも十分な成果を生み出しているいとは言えない。また、平成18年度に向けて、国連FAO(食糧農業機関)が窓口になり、世界の食糧増産に向けて基礎資料となる送粉(花粉媒介)に重要な世界のハナバチ類カタログ(ECAT) の作成に本腰を入れるなど、生物種情報の集積とネットワーク化は国際的に重要な流れとなっている。
3.プロジェクトの核となるデータベース
1)昆虫学データベース(KONCHU,http://konchudb.agr.agr.kyushu-u.ac.jp)
多田内らが1983年以来構築を行っている日本およびアジア・太平洋地域産昆虫種情報データベースである。昭和62年10月より九州大学大型計算機センター(現情報基盤センター)の公用データベースとなり、データベース管理システムSIGMAにより、大学間ネットワークを通じて一般公開してきた。データファイルが追加構築されるごとに、毎年更新公開している。その後、インターネットの普及に伴い、平成11年度からは、和文、英文のホームページを開設し、九州大学昆虫学教室内のワークステーションにもデータファイルとSIGMAシステムを移築し、ともに一般公開している。平成14年度からは、それまで個々に公開していたデータベースファイルを、昆虫学データベース(KONCHU)のもとに一括管理し、その中に主要な6つのデータベースファイルを置きリンクさせている。公開済みレコード数は約15万件である。
本データベースは英国に次ぎ世界で2番目に自国の昆虫総目録を作成・データベース化したのをはじめ、東アジア産昆虫種情報の重要な情報源として国際的認知度は高く、国外では欧米だけでなくアジアの多くの国からアクセスがあり、アジアの昆虫学の推進に大きく貢献していると考えられる。国内、国外の大学、研究機関、行政機関だけでなく、一般企業、一般愛好家、教師、学生、翻訳家等から常時アクセスがある。国内だけでなく国外約50ヵ国の研究機関から利用され、米国NBII、NASA, デンマークGBIFなどのメタデータに採用登録、またはリンクがはられており、Web上で「entomology, database」を検索すると、アメリカ・スミソニアン自然史博物館の昆虫学データベースとともに、常時世界の上位3位以内にランクされ国際的に認知度は極めて高い。
現在主要6ファイルからなり、昆虫学文献データベース(KONCHUR)、日本産昆虫総目録データベース (MOKUROKU)」、日本産昆虫学名和名辞書データベース (DJI)」、日本産有用昆虫画像データベース (HANABACHI、TOBIKOBACHI)」、九州大学昆虫学教室所蔵タイプ標本データベース(ELKUType) がある。また、国際昆虫学会大会(ブラジル、2000年;オーストラリア、2004年)をはじめ各種国際会議・シンポジウムで本データベースの紹介を行っている。
2)タイプ標本および農林害虫、有用昆虫類データベース
九州大学昆虫学教室タイプ標本データベース (ELKUType) はその構築が2/3ほど終わっている。また有用昆虫画像データベース(ハナバチ類、コバチ類)は公開済みである。他の研究機関(農業環境技術研究所、国立科学博物館等)でも一部が公開され、また未公開でも構築が進められている。
4.三つの目的
このような経験をふまえ、本プロジェクトの目的を次の点にしぼった。
1)種情報センターAIICの確立
すでに膨大に蓄積されつつある日本を含む東アジア、太平洋地域産の昆虫種情報の体系化とネットワーク化を推進し、アジアでの昆虫類の種情報センターAIIC (Asian Insect Information Center)の基礎を確立させることを目的としている。具体的には、国内には、日本だけでなく、海外調査によってもたらされたアジア・太平洋地域産の膨大な昆虫標本があり、それらに基づいて記載された新種等のタイプ標本類が多数所蔵されている。まず第一に、国際的にもその構築が切実に求められている、全国の大学・国立研究機関・地方自然史系博物館等に所蔵されている、アジア産昆虫類タイプ標本(ホロタイプ:北大約5000点、九大約4000点等を含めて全体で計約20,000件)のデータベース化を行う。これにより、アジアで最も重要な昆虫情報資源の体系化を行うことができる。九大の書式項目は、下記の通りであるが再度GBIF書式とも比較検討を行い最終決定する。
登録番号、登録年月日、学名、和名、現在の学名、目名、科名、原著者、命名年、原記載の論文タイトル、雑誌、巻号頁、タイプの雌雄、タイプ産地国、保存形式、パラタイプ、備考、画像の19項目。
2)アジアにおける昆虫種情報インフラの充実
さらに、研究代表者や各分担者はその多くが昆虫分類学の専門家であるため、専門とする害虫類、有用昆虫類等に関して膨大な情報を蓄積しており、その一部(種リスト、画像、種情報)はインターネット上に有用情報として、公開または公開準備中のものが多数ある(Tadauchi et al., 2001, 2002, 2003, 2004: 日本産ハナバチ類、トビコバチ類、熱帯アジア産ハナバチ類;緒方他、2003, アリ類;小島、ゾウムシ類;紙谷、ヨコバイ類、他)。本研究では、このように、これまで個々の研究者が蓄積してきたアジア産昆虫類に関する種情報を集積、体系化してネットワークを介して国外を含む一般研究者に広く公開し、アジアにおける昆虫種情報インフラの充実をはかることがねらいである。
タイプ標本以外にも、アジア産昆虫類の種情報データベースを構築し、一部公開済みのものもある(HANABACHI,TOBIKOBACHI他)。それぞれの専門とする分類群のデータベースの構築を開始し、将来分散されたサーバ上から同時に公開することにより、より広範で強力なアジア産昆虫種情報の発信基地をめざす。担当者は専門の分類学的研究を行い、その成果をデータベース化する。
3)検索システムの確立
次に、上記のようにすでに構築されている種情報資源は書式がまちまちであり、統一的な検索手法では検索に不具合が生じることになる。また、種情報資源を一箇所に集約させる集中型の検索システムでは、検索の負荷や、サーバあるいはネットワーク障害時にサービスが提供できないという問題もある。さらに、種情報資源の保有者の権利問題も考慮する必要がある。そこで、本研究では情報システムの分担者の基礎研究 (Kida et al., 2000, 2003、他) を発展させ、現在九州大学で稼動している情報検索システムSIGMAとは別に、すでに各研究機関で蓄積された多様な書式のデータを検索するための柔軟性のある検索システムを新たに開発して対応する。さらに、主要な研究機関にサーバを配置させて分散検索の技術を開発する。
5.データベース群の構築と意義
本プロジェクトは、東アジア・大平洋地域産昆虫の種情報データベース(昆虫学データベース、KONCHU)を核として、アジア産昆虫類に関する種情報の体系化を図り、INTERNETを通じて世界に提供できうる体制を作ろうとするものである。現在、昆虫種情報については昆虫類があまりにも膨大な種数を含むため、その体系化とネットワーク化が他の生物群に比べ、世界的に極端に遅れている。しかし、本研究は、すでに核となる種情報源を保有していること、全国の大学、国立研究機関、自然史系博物館の多くの昆虫分類研究者が加わることによって、国際的にも質の高い生物データベース群を構築できると考えている。
アジア産昆虫の種情報の検索、種の同定を容易にし、アジア産昆虫に関して分類学的基礎研究ばかりでなく、応用上における情報提供に大きな貢献ができるものと考える。これにより、アジアの基礎昆虫学、応用昆虫学の発展に大きく寄与し、ひいてはアジアの農業生産に貢献できるものと考える。
データベースの構築、システム開発とネットワーク化については、メンバーはかつてその協力により、イギリスに次ぎ世界で二番目の自国の昆虫目録の作成とデータベース化を成功させた実績がある(日本産昆虫総目録、1989, 1990;日本産昆虫目録データベース、2000、インターネット上に公開)。今回、多様な書式のデータを検索するための柔軟性のある検索システムの開発を目的の一つとしているが、情報科学の分担者がすでに十分な基礎研究を行ってきており技術的な裏づけを持っている。本プロジェクトは上記のように、これまでの研究代表者、分担者の研究を発展させたものであり、成功の可能性はきわめて高いと考えている。
種情報データベースとGBIF
神保宇嗣*)・伊藤元己*)・上田恭一郎**)
*) 〒153-8902 目黒区駒場3-8-1 東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻
広域システム科学系伊藤元己研究室
**) 〒805-0071北九州市八幡東区東田2-4-1北九州市立自然史・歴史博物館
生物多様性に関する情報は,生物科学をはじめ様々な分野で必要とされるようになっている.そのため,利用者が網羅的かつ短時間に情報を収集し活用することを目的として,インターネットなどの情報技術を用いた,生物多様性情報の収集・検索システムの構築が進められている.
博物館は,これまで生物多様性情報の情報提供者として大きな役割を果たしてきた.特に,収蔵標本情報は生息場所や出現期などの基礎的情報(一次情報)を提供する重要性の高い情報である.さらに,収蔵標本画像をデータベース化し公開することによって,博物館に行かなくても予備的な標本調査を行うことも可能になった.このような標本情報の電子化は,所蔵標本の価値を高めることに貢献している.
しかし,現在提供されている標本情報や画像だけでは,利用者が必要としている情報を十分提供しているとはいえない.なぜなら,多くの利用者は,それを図鑑のように利用して同定し,各種の生態や形態などの情報を得たいと思っているからである.そのためには,各種に関する様々な情報,すなわち「種情報」を公開することが必要である.
種情報は,昆虫の専門家や愛好家だけでなく,学校での総合学習や博物館での社会教育活動,一般の人たちまで広く需要があるが,その公開は進んでいないのが現状である.標本画像データベースで各個体の標本画像が見られるのに,正確な同定には利用できない状況にジレンマを感じている人も多いだろう.
しかし,状況は少しずつ動きつつある.生物多様性情報の収集と公開を目的とした地球規模生物多様性情報機構(GBIF)では,種情報のデータベースSpeciesBankの構築を予定している.さらに,今年になって新たな別の大規模な種情報データベースプロジェクトEncyclopedia of Lifeが立ち上がり,公開に向け構築が進められている.しかし,その一方で,種情報の大規模データベース公開には,技術的・概念的にまだ多くの問題が残されているのも事実である.
そこで,本記事では,種情報のデータベース化をテーマとして取り上げ,その現状と今後について紹介する.具体的には,生物多様性情報学とGBIFの概要を紹介し,GBIFを中心に現在進行中のプロジェクトの紹介を行うとともに,日本の種情報データベースの現状とその近未来像に関する私論を博物館との関連とともに紹介したい.なお,本記事は昨年の9月の昆虫担当学芸員協議会総会における筆者らの話題提供「種情報データベースとGBIF」をもとにしたものである.
生物多様性情報学とは
この世界には,把握が不可能なほどの多様な生物が生息しているが,自然に関する莫大な知見が集積された結果,我々はその多様性の一部を垣間見るのに十分な知見を得るに至っている.その一方で,生物多様性に関する情報への需要は増加の一途を辿り,その重要性は日に日に増している.
しかし,現状では,ある生物の情報を網羅的に収集しようとすると多大な労力が必要である.たとえば,既知の昆虫全種の最新の学名リストが欲しいとしよう.分類学コミュニティはそれを調べるための手段を提供していないため,原記載論文や二次文献を利用して情報収集するしかない.とはいえ,文献を入手の膨大な情報整理を人手で行うことを考えると事実上それは不可能であった.このように,生物多様性情報への需要は高いにもかかわらず,蓄積された知見を統括し提供する手段がなかったことが,情報の利用促進を阻んできたといえよう.
一方で,莫大な情報の管理手法には,この数十年の間に大きな変革があった.コンピュータやインターネットをはじめとした情報技術がめざましい成長を遂げ,これらを利用することで,人手では不可能な情報の活用が可能になったのである.そこで,情報技術を利用して莫大な生物多様性情報を有効活用しようする動きが起こり,それが生物多様性情報学という一分野に発展することになった.
生物多様性情報学とは,生物多様性情報の管理に情報学的手法を適用し情報の活用を目指す学際的学問分野である(Sober醇pn & Peterson, 2004; Johnson, 2007).この分野の現在の主軸は,多量の情報を管理・活用するための仕組みであるデータベースと,世界中のコンピュータと情報をやりとりする仕組みであるインターネットの2つであり,これらを組み合わせることで,生物多様性情報を誰もが必要なときに自由に利用可能な形で公開することができる.
GBIFとTDWG
このような生物多様性情報の電子化と共有化を実現することを目的とした組織として,世界規模生物多様性情報機構(Global Biodiversity Information Facility: GBIF)とTaxonomic Database Working Group(TDWG)を紹介する.
GBIFは,経済協力開発機構(OECD)での提言を受けて2001年3月に正式発足した生物多様性情報の共有化を目的とした国際科学プロジェクトである.生物多様性情報を誰もが自由に使えるようになることを目標に,関連技術の開発・情報の電子化と収集・インターネットを介した検索サービスの提供を行っている1).GBIFの具体的な6つの目標を表1に示す.GBIFの活動は,2006年までの第1期と,2007〜2011年の第2期に分けられている.第1期では,前述した目標のうち4つのプログラムを行い,その成果として,89万件の種名データ(ECAT)と1億件を超える標本や観察情報のデータ(DIGIT)を収集し,世界中のデータを集約・共有し,まとめて検索するための手法(DADI)とそのシステム(OCB)が構築された.さらに,今年の7月にはウェブサイトおよび検索システ
表1. GBIFの6つの目標.
1. DADI: Data Access and Database Interoperability
データ形式・データベースの標準化
2. DIGIT: Digitisation of Natural History Collections Data
標本データと観測データの電子化
3. ECAT: Electronic Catalogue of Names of Known Organisms
学名の網羅的電子カタログ
4. OCB: Outreach and Capacity Building
ソフトウェアの提供・教育普及
5. SpeciesBank
種に関する総合情報データベース
6. Digital Biodiversity Literature Resources
生物多様性電子図書館
ムがリニューアルされた2)(図1).2007年〜2011年の第2期では,生物全種の種名データ,10億件の標本・観察情報データを収集・公開するだけでなく,後述する種情報データベースSpeciesBankや,電子図書館の整備も行う予定になっている.
TDWGは,生物多様性に関する情報の保存および共有方法を情報学的に検討し決定すること,およびそれを利用したソフトウェアの開発を促進することを目的とした組織であ
表2. 生物多様性情報の主なデータ形式とプロトコル
データ形式 プロトコル
標本・観察情報 Access to Biological Collections Data (ABCD) BioCASE
DarwinCore(DwC) DiGIR
TDWG Access Protocol for Information Retrieval (TAPIR)
種名情報 LinneanCore
種概念 Taxonomic Concept Schema (TCS)
記載情報 Structured Descriptive Data (SDD)
コレクション情報 Natural Collections Descriptions (NCD)
る(図2)3).すでに,多くの種類の情報の保存および共有方法が決められており,GBIFのDADIプロジェクトもTDWGとの連携の中で進められてきた.TDWGおよび関連した組織によって決められている標準的なデータ形式とデータ受け渡し方法(プロトコル)の一覧を表2に示す.
大規模な種情報データベース
種情報データベースは,各生物種に関する様々な情報(生物学・化学・農学・文化など)を保存し利用者に提供することを目的としたシステムである.現在,SpeciesBankとEncyclopedia of Life(EOL)の2つの大規模プロジェクトが進行中である.
SpeciesBankはGBIFが構築を計画している種情報データベースである.前述したように,このデータベースは2007年からの第2期計画に含められており,第1期計画で収集された種名情報や標本情報を踏まえた上で構築される.しかし,現状では,2005年にアムステルダムで開催されたGBIF SpeciesBank Workshopで予備的な議論がされたにとどまっている.
一方,筆者らが話題提供を行って半年経った2007年5月に,アメリカで新たな種情報データベースプロジェクトEncyclopedia of Life(EOL)の立ち上げが大きく報道された(図3)4).EOLもまた,様々な利用者層をターゲットとした全生物種のオンラインデータベースの構築を目的としている(Wilson, 2003).現在はサンプルページが公開されているだけだが(図4),各種の情報は研究者に執筆依頼する形で収集し,内容校閲後にウェブサイトで公開するという.複数財団からの1000万ドルを超える資金提供を基に活動を開始し,2008年半ばに最初のバージョンを公開し,10年間で全生物180万種の情報を公開することを目標としている.
2つの種情報データベースプロジェクトは,どちらも研究者を中心とした多くの執筆者の「集合知」によって構築される点で一致している.しかし,SpeciesBankはこれまでに蓄積された生物多様性情報を基盤とした自然史科学的な資料集の構築を目指しているのに対し,EOL名前の通り百科事典のような一般向け読み物としての性格が強い点で異なる.
どちらのプロジェクトも始動したばかりであり,実際に運用するにはまだ多くの問題が残っている.ここでは,情報技術と分類学の狭間に残された重要な問題として,種概念を電子化する際の問題点について触れたい.
種情報データベースは,種を基本単位として様々な情報をまとめたものである以上,利用者は種名に基づいてデータを見たり検索したりすることになる.しかし,そこには「種名の示すものは分類学的研究の進展に伴って変化する」という大きな問題が存在する.たとえば,1種が複数種に分割されたり複数の種が統合されたりすることによる各種の範囲の変化,属階級群の解釈の変化や同物異名(シノニム)・異物同名(ホモニム)などによる種名自身の変化などがあげられる.利用者は検索対象の分類学的な進展を全て把握しているわけではないので,種情報データベースには,古い学名や別名を使って検索しても,必要な情報を得られるようになっている必要がある.この機能を実現するには,これまでの種概念の変化を電子化する必要がある.TDWGは,種概念を電子化する際の保存形式としてTaxonomic Name and Concept(TNC)を策定している.また,EOLにおいても,種概念情報を扱うシステム(Taxonomic Intelligence:TI)の構築を目指すとしている5)が,おそらくTNCに類似した技術を利用するシステムになると思われる.
日本の種情報データベース
今まで述べてきたように,世界では包括的な種情報データベース構築の動きが起きつつある.現在のところ日本国内ではまだ表だった動きは無いが,近い将来には,日本の研究者もこのような世界の流れを意識していく必要があるだろう.一方で,日本国内でも種情報の公開を求める声は大きく,日本国内向きに種情報を公開することには大きな意味がある.日本で種情報データベースを作成するためには,日本語や和名による検索をはじめ,日本国内の特性や状況を踏まえて設計する必要がある.ここでは日本における種情報およびそれに関連したデータベースについて,昆虫類を中心とした現状と今後の展望に関する私見を述べたい.
日本における種情報データベースは,大きく1)公的機関によるもの,2)専門家および専門家グループによるもの,3)不特定多数によるものに分けられる.
1) 公的機関によるデータベース
数はそれほど多くないが,中でも重要なものとして,環境省の生物多様性情報システム6)の絶滅危惧種情報をはじめとしたレッドデータ情報があげられる.
2) 専門家および専門家グループによるデータベース
日本産アリ類データベース7)は画像データベースのパイオニアの一つであり,アリに関する概説から,分類体系,各種の形態や分布情報まで参照・検索でき完成度が高い.林成多氏によるWeb版ネクイハムシ図鑑をはじめとする甲虫に関する図鑑類8)は,詳しい形態観察や絵解き検索が含まれており情報の密度が高い.戸田正憲氏らが作成したBiological Classification and Identification System (BioCIS) 9)は,ウェブ上で絵解き検索を作成するための汎用のソフトウェアであり,実際にショウジョウバエ類等の検索を行うことができる(図5).分類学的な検索表と情報技術との関係,および関連したソフトウェアについてはWalter(2007)の概説も参照されたい.九州大学大学院昆虫学教室で公開されている日本産ハナバチ類画像データベース(HANABACHI) 10)では,画像データの他に形態的特徴や発生時期などの情報も取得できる.
3) 不特定多数および特定グループによるデータベース
不特定多数によって内容が構築されるデータベースは,世界中の人々と情報をやりとりできるというインターネットの特性を強く生かしたものだといえる.不特定多数が編集する百科事典WikiPedia11)はその最たるものであり,EOLはwikipediaからヒントを得た側面があるという.日本におけるこのタイプのデータベースとしては,筆者も参加している「みんなで作る日本産蛾類図鑑」12)があげられる.このウェブサイトでは,種名,分布情報,寄主植物情報を,一般から提供された1万枚以上の画像とともに調べることができる(神保・鈴木, 2006).最近,類似したコンセプトによるウェブサイトもいくつか見られ,「みんなで作る双翅目Web図鑑」13)もその一つである.さらに,このコンセプトを教育活動に適用した例として,受講生等によって構築される東邦大学生物多様性学習プログラム(BioLTop)14) の「みんなで作る写真図鑑」があげられる(図6).
このように,一口に種情報データベースといっても様々な目的や運営形態がある.公的機関や専門家によるものは,研究成果を一般に向けて情報発信することで,自分の研究の意義を広めるとともに,自らが持つ専門知識を多くの人と共有することが目的であるといえる.不特定多数によるものは,参加者同士で情報を持ち合い共有することが目的なので,場合によっては学術的な価値よりも啓蒙普及的な面が重要視されることになるだろう.
種情報データベースの展望
日本国内でも,上記の例をはじめとして多くの種情報データベースが構築・公開された結果,我々は様々な種情報をインターネット経由で簡単に得られるようになった.しかし,利用者の立場から見れば,現在のデータベースはまだ使いやすいとは言えない.その理由としては,1)どんなデータベースが公開されているのかをきちんと調べる方法がないこと,2)複数のデータベースをまとめて検索し結果を整理して表示する方法がないこと,3)公開されているデータは実在するデータのほんの一部分であり膨大な未公開情報が残っていること,などがあげられる.この節では,今後どのようにしてこれらの問題点を克服していくべきか,そのための私見を述べたい.
1)公開されているデータベースを調べる
現在,種情報データベースは各作成者によって独立に作られているだけで,いま,どのようなデータベースが利用可能であるかを検索する方法が存在しない.そのため,自分の欲しい情報をどのデータベースで調べればいいのか,そもそもインターネット上で調べられるのかどうかを知ることができないという問題点がある.
一つの解決策としては,google15)などの汎用検索エンジンの利用があげられる.検索エンジンは,数十億ページの情報を自動的にデータベース化しており,知りたい生物の名前(あるいはその一部)を検索することで,その名前の載っているウェブサイトをかなり網羅的に調べることができる.しかし,すでに永幡(2005)が指摘しているように,検索エンジンは情報の正確性を保証していないため,しばしば誤同定や誤解に基づく不正確な情報にたどり着いてしまうと言う問題がある.
そこで,これらの問題を解決するために,種情報データベース自体のデータベース(メタデータベースと言われる)を作成する必要がある.具体的には,データベースの名称,インターネット上のアドレス,概要,管理者情報などをまとめたものである.このような種情報データベースのメタデータベースの重要性については生物多様性条約の中でも述べられており,それを公的機関が整備することが期待されている.実際,環境省は自由に登録できるメタデータベース「生物多様性情報クリアリングハウス」16)を作成しているが,利用登録情報は非常に少なく実用に耐えないのが現状である.今後の発展に期待したい.
2)複数のデータベースを一度に検索する
例として,ある昆虫に関する情報を調べるためにメタデータベースを利用したところ,10個のデータベースに情報があることがわかったとする.もし,これらの10個のデータベースが独立に存在しているとすれば,10個のデータベースに一つ一つアクセスして検索しなければならない.しかし,もし,1回の検索で10個のデータベース中の情報を得ることができれば,情報収集に対する労力が飛躍的に軽減されると考えられる.
複数のデータベースを1回に検索するシステムは,「分散データベース」と呼ばれる技術を使うことで構築することができる.分散データベースを使った検索システムでは,利用者に変わり検索システムが複数のデータベースの検索を担い,得られた結果を集計して表示する.そのため,利用者からはあたかも一つのデータベースのように見える.このような分散データベース技術を利用した例が,GBIFの標本・観察情報検索システムである.GBIFで公開されている1億件以上の情報は,GBIFの各加盟機関(ノードという)にバラバラに保管されている.しかし,利用者がGBIFの検索サイトから検索すると,検索システムが全ノードのデータベースを検索しその結果を返してくれる.
GBIFの種情報データベースであるSpeciesBankも同じような仕組みを持ったシステムになることが期待される.そのためには,標本や観察情報と同様に,検索システムとデータベースが種情報をやりとりする仕組みの策定と,各データベースの対応が必要である.ただし,各データベースの対応については,作成者にそれを求めるのではなく,簡単に利用可能なソフトウェアを開発しそれを使ってもらうことで実現できると考える.
3)既存の情報源の有効活用と電子化
現在,インターネット上のデータベースで参照できる種情報は,日本に存在する種情報の総数から比べれば遙かに少ない.多くの情報は,印刷物や標本,あるいは各専門家の知識という形で存在している.これらの情報は,今後包括的なデータベースの作成には不可欠である.また,日本は世界でも1,2を争うアマチュア昆虫愛好家大国であり,各人が持っている観察データの量は莫大である.このような情報を活用できれば,データに厚みを持たせることができるだろう.
では,様々な種情報をデータベース化するにはどうすればよいだろうか?私見として,3つの方法をあげたいと思う.
3-1) 研究機関の業務としてのデータ登録
現在,各自然史科学系の博物館では標本資料情報の電子化が急ピッチで進められている.これまでに64万点以上の標本情報が電子化され,国立科学博物館が管理するサイエンスミュージアムネット17)やGBIFを通じて公開されている.今後は,日本分類学会連合などが準備している研究者データベースと関連する形で,各研究者の専門分野に関する種情報の共有化を図る必要があると考える.
3-2) 各専門家への依頼によるデータ登録
分類学は,地球上の生物を体系立てて整理し,その情報を共有する基盤を作る学門であると私は考えている.各専門家の持つ情報を共有化することで,情報利用の可能性を広げるだけでなく,提供者へのフィードバックを通して研究が進展することが期待される.残念ながら,現状では情報公開に対する意識が薄いこと,データベースを公開しても論文とは違い評価が定まってないことから,専門家による情報公開は非常に遅れている.しかし,生物多様性情報の重要性がより高くなり,情報公開による自身へのメリットの理解が進めば,今よりも情報の公開は進んでいくと私は期待している.
3-3)不特定多数からの情報提供
アマチュアの中には,自分の情報を提供することで,研究分野へ貢献したいという意識を持っている人も多く存在する.そのような人に,自由に観察データを登録することのできるシステムを提供することで,様々な情報を補完することが可能になる.実際,筆者が管理している「みんなで作る日本産蛾類図鑑」では,出現期や分布域情報の漏れを多数の方々に指摘あるいは情報を補完してもらうことで,各種情報の精度が著しく向上した.ただし,誤同定などに基づくミスが混じるおそれがあるので,データ登録できる人の制限や,専門家あるいはそれに準じる人たちによる内容チェックなど,何らかの措置が必要であろう.
おわりに
本記事では,種情報データベースをテーマとして,その意義,現状および今後の課題について述べてきた.種情報データベースの整備は大規模・小規模な様々なプロジェクトによって進められていくだろうし,蓄積された情報は様々な形で利用されていくだろう.また,博物館などの研究者にとっても,一般からの質問・同定依頼・展示準備といった業務の効率化や,情報提供等による研究の進展などが期待される.研究者による協力はこれからの課題であるが,このようなデータベース化は,一般の利用者のみならず,研究者自身にとっても有益であるということを理解していただき,これからのデータベースの充実化を目指していきたいと考える.
最後に,このような発表の機会を提供していただいた大阪市立自然史博物館の金沢至氏,色々ご意見いただいた東京都立大学大学院の宇津木望氏に御礼申し上げる.
参考文献
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国立科学博物館における
データベースの構築
友国雅章・篠原明彦(国立科学博物館)
国立科学博物館におけるデータベースの構築は,コンピュータの発達・普及とほぼ軌を一にしている.1980年代になると一部の研究員の間で,これまで台帳に手書きをしていた標本登録の作業にマイクロコンピュータが用いられるようになりだした.それにより目録の作成と出版が容易になったが,使用できるソフトが特殊なもので操作が容易ではなかったため,専任のオペレータを必要とした.それでも,このシステムを利用して出版された標本目録は10数件ある.
パーソナルコンピュータとデータベースソフトが普及するにつれて,標本登録にPCを用いることが当たり前になり,少額ながら電子情報化のための予算措置も執られるようになった.また,標本登録のみならず,文献情報,分布情報など自分の研究のためのデータベースを自分で作成する研究員もみられるようになった.
1990年代の後半頃から「生物多様性」がホットなキーワードとして一般に普及しだすと,標本資料情報化のための予算措置が本格化し,公開することを前提としたデータベースが多く作られるようになりだした.公的機関に情報の公開が強く求められるようになったのと軌を一にして,データベース作成に必要な予算の獲得がさらに容易になった.とくに,当館が2001年に独法化したことで,その構築は著しく加速した.全額がデータベース作成に直接支出されるわけではないが,平成17年度の資料情報化のための予算額は外部資金も含めて約8500万円である.このようにして構築されたデータベースは,現在,当館のホームページで公開されており,その総数(タイトル数)は56本,レコード数は約89万件(未公開分を含めると約150万件)になっている.博物館のデータベースであるから,その多くは標本を対象にしたものであるが,文献,分布,種目録,画像,測定値など多岐にわたっている.
当館はGBIFの事業にも開始当初から参画しており,JSTおよび文科省から別途予算配分を受けている.とくに後者の予算では,全国の博物館と大学の協力を得てさまざまな研究用標本の情報検索ができるポータルサイトを立ち上げた.現在,16機関の約30万件のデータが集約されており,「サイエンスミュージアムネット(S-Net)」としてホームページ上で公開している.
今後の課題として,館内の標本データベースのフォーマットの統一が挙げられる.これまでは各人各様のやり方で構築してきたため,使用するアプリケーションはもとより,フィールド項目やレコードの標記法も統一が取れていない.これは,必要とする標本のデータが分野によって,また生物分野では分類群によっても相当異なるのでやむを得ないことではあったが,館としてデータベースを一元管理するためにはさまざまな不具合が生じるし,ユーザーにとっても,一つのスタイルのデータベースであらゆる標本の情報が検索できた方が使い勝手がよい.そこで当館では,昨年度から全館で共有できるデータベースプラットフォームを作成するために,その仕様を検討している.
佐賀県立宇宙科学館における
データベースの構築
中原正登(佐賀県立博物館:佐賀県立宇宙科学館常駐)
佐賀県立宇宙科学館は,1999年に開館した県立の自然科学系文化施設である.施設名に「宇宙」という言葉が付くものの,佐賀県立博物館が所蔵していた自然史資料のほとんどが開館当初に移管されたため,実質的には総合科学館というべき施設である.
筆者は,2002年度に当館に赴任し生物系の標本管理を担当している.生物標本は,言うまでもなくその地域本来の自然を知るための貴重な情報源である.しかし,そのほとんどは収蔵庫に保管され一般の目に触れることはほとんどないし,現実には常に展示することも不可能である.環境保全への関心が高まる中,地域の生物相の変遷を把握することは将来の保全対策のための基盤である.その情報源となる生物標本の管理と誰もがいつでも利用可能な情報にすることは,地方の博物館の重要な役割の一つである.情報化の手段の一つとして,標本目録を印刷物にして出版することが考えられたが,近年の財政事情では不可能と思われた.さらに,高齢となったアマチュア研究者から毎年多数の標本寄贈がある現状では,その都度印刷物を出版しないことには最新情報とはなり得ない.これらの問題点を解決する方策として,標本のデータをデジタル情報化し,追加・修正と公開が常時可能なシステムの構築を熱望していた.
筆者が赴任した当時,すでに当館でも資料のデジタルデータベース化が進められていたが,使用されているソフトウエアはオラクルという重厚長大できわめて使いづらいものであった.オラクルは多機能とのことであったが,操作が複雑で標本データの登録に大変な時間を要するという致命的な問題点があった.生物標本においては一度に何百,何千という数が寄贈されることも少なくない.年々増え続ける膨大な数の標本のデータをオラクルで登録することは到底不可能と思われ,現実に筆者が赴任した当時,寄贈標本の登録は全く手つかずの状態であった.
そこで,他館でのデータベース管理状況について情報を収集した結果,オラクルに代わりファイルメーカーで標本のデータベース化を進めることにした.その理由は,すでにオラクルで登録されていたデータのエクセルデータへの変換が可能で,これをファイルメーカーデータに変換することはきわめて簡単だったからである.また,標本画像の貼り付けが,パワーポイントの画像貼り付けと同じ感覚で行うことができるなど使い勝手がよく,複数の職員が同時に作業に参加できるというメリットもあった.実際の入力作業では,同一データが多数あることが多いため,まずエクセルで文字情報を入力し,これをファイルメーカーに変換するという方法をとった.実は,ファイルメーカーで標本のデータベース管理をする方針を決定したことが,後日大きく幸いした.
佐賀県には当館以外に4つの文系博物館施設があり,当時その4館で収蔵品をインターネットで検索・閲覧できるSAGAデジタルミュージアムのシステムを構築中であった.当館は,県の直営ではなく県の財団による運営だったため,県直営の4館とは別枠でオラクルによる当館独自のシステムがすでに運用されていた.ところが,収蔵品管理システムのメンテナンス経費削減のため,当館もそのシステムに参加することが突然決まったのである.使いづらいオラクルから脱却するよい理由が与えられたのは幸いであったが,他館がすでに作業が進めている中に途中から参入する当館の作業は,多大な困難が予想された.ところが,SAGAデジタルミュージアムに使用する元データは,当館が手がけていたファイルメーカーにもとづくデータとすることに決まったため,遅れて事業に参加したため作業が難航するはずの当館が,もっとも早く作業を完成させることになったのである.
また,佐賀県の文化施設で自然史資料のほとんどを収蔵しているのは当館なので(ごく少数が県立博物館で収蔵されている),SAGAデジタルミュージアムの自然史資料検索システムやデザインにおいては,当館の意見が十分に反映されたものになった.県民にとって分かりやすい情報提供となるようキーワード検索だけでなく,クリック操作だけで閲覧可能な「アイコン検索」も設け,さらに画面上に画像を2枚貼り付け可能とした.このシステムは,2005年8月から運用されている.
ところで,このシステムの問題点としては,画像が必須であることである.標本画像の閲覧が可能であることは利用者にとってはメリットであるが,準備する側としては標本1点の公開のために画像データが必要なので多大な労力が必要となる.その結果,公開件数がなかなか増えないという状況にある.このため,画像と標本データを閲覧可能なモード(現状のもの)に加え,標本データのみを閲覧可能なモードをつくるように要望しているところであるが,実現には至っていない.
地球規模生物多様性情報機構(GBIF)にもとづく国内での取り組みも始まり,生物多様性に関する情報発信が本格化しつつある.当館のような地方の博物館施設においても,この事業へのすみやかな参加が可能なように標本のデータベース化作業を継続するとともに,この事業そのものの意義についても普及していく必要があると思われる.
公開シンポジウムのご案内
日本昆虫学会第67回大会事務局からの依頼により、下記の公開シンポジウムを第67回大会実行委員会と昆虫担当学芸員協議会が企画・共催することになりました。会員の皆様は積極的な参加をお願いします。
シンポジウムのテーマは「2050年の博物館」です。企画の段階から協議会のMLにおいて活発な提案と意見交換がありました。「博物館という装置をなくさないためには、もはや博物館だけががんばってもだめなので、昆虫学界全体として博物館の活用に取り組んで行こう、というあたりがメッセージかな...(神戸宣言?)」、「すべての博物館が「市場化テスト」と 「指定管理者制度」の荒波にもみくちゃにされている現状の中で,常に高い理想を忘れずに社会情勢との間に折り合いを付けていくことが非常に重要」、「『人を育てる(教育・後継者育成)』『住民参加』にスポットを当てるのはいかが」などです。最後の意見が有力でしたが、岡山大会とかなりテーマが重なることが欠点でした。そこで、博物館の全機能を対象として、最近の短期的な逆風をはね返す意味で、若いスピーカーに21世紀半ばの博物館像を模索してもらう方がよいだろうという意見が強く、今回のテーマが選ばれました。
このシンポジウムに引き続き、次の案内にあるとおり、本協議会総会も開催され、テーマも連続しています。そちらの方にもご参加ください。
記
会場:神戸市灘区六甲台町 神戸大学キャンパス
日本昆虫学会第67回大会 瀧川記念会館
日時:2007年9月17日(月祝)13:00〜15:30の2時間半
公開シンポジウム:「2050年の博物館」
1.博物館のつかい方、つかわれ方
―「2050年の博物館」序にかえて―
八木 剛(兵庫県立人と自然の博物館)
生物多様性保全がクローズアップされる現代、昆虫に関する標本資料や情報を蓄積、発信するゲートウェイとして、博物館が果たすべき役割はより高度化、多様化している。シンポジウム「2050年の博物館」は、博物館で仕事をする演者らが、現代の博物館は日々何をし、何をめざしているのかを具体的に語り、博物館の未来像をさぐろうとするものである。研究者諸兄には施設や機能の活用に、学生諸君には博物館への就職(?)に、大いに参考としていただきたい。
博物館の数はこの半世紀で3倍増となり、類似施設を含めると、図書館の2倍、コンビニエンスストア最大手「セブンイレブン」の半分ほどもある。次の半世紀は、たくさんできた博物館を「つかう」時代となるだろう。では、だれがどのように博物館を使い、博物館はだれにどのように使われようとしているのだろうか。最初に、大学研究室や地域コミュニティとのコラボレーション、行政支援、昆虫学界への人材供給など、兵庫県立人と自然の博物館での事例をいくつか挙げ、博物館利用者のひろがりを俯瞰しておく。
2.地方の博物館はどう歩むべきか
―カメラ付き携帯電話を使った住民参加型調査から―
川上 靖(鳥取県立博物館)
今、博物館は転換期にある。文科省は博物館法の改正に着手しており、2007年6月には「新しい時代の博物館制度の在り方」の報告が答申された。報告では博物館の役割として「生涯学習」の支援が明確化されており、標本を所蔵していない施設でも登録博物館に認定される時代が到来しそうである。「2050年の博物館」は誰のためのどのような施設となるのだろう? 鳥取県立博物館は、携帯電話やインターネットの普及した時代における住民参加型事業として『カメラ付き携帯電話でしらべる昆虫地理』を実施した。フキバッタを材料に、標本では消失してしまう「色」の地理変異を調べるという内容である。その成果は生物地理学的にも興味深いものであったが、携帯電話やネットが昆虫や自然への興味を喚起する「教育用ツール」となる可能性もみえてきた。近未来の自然系博物館、とくに地方では、昆虫(自然)に興味のない方々にどれだけ利用してもらえるかが重要になってくるであろう。標本の保存と研究も、一般住民の理解がないと認めてもらえなくなるかもしれない。本講演では、昆虫好き以外の方を博物館・昆虫館の利用者として取り込んでいく術についても考えてみたい。
3.昆虫の魅力を引き出し、
より分かりやすく伝えるために
野本康太(伊丹市昆虫館)
伊丹市昆虫館には年間約15万人の人々が訪れその年齢層や来館目的は多様である。来館者の約6割を占めるのが小学生以下の子どもたちだ。ムシキングや一代前の仮面ライダー等に見られた昆虫ブームの一方、子どもたちが学校園で昆虫について学び、ふれあうチャンスはごく限られている。例えば「脱皮や変態」という昆虫の不思議な一面をあらわす言葉さえ小学校の教科書には出てこない。ただ、だからといって自然や昆虫が少なくなった、そういうものに対する子どもの興味が薄れたというわけではない。昆虫の魅力を引き出し、よりわかりやすく伝えていくことは当館のような博物館施設の重要な役割の一つだと考える。2050年といえば今の子どもたちがその孫を連れて博物館に訪れる時代になるだろう。その時代に昆虫や自然について、どれだけの関心がもたれ、またその魅力を発見し体験できる場所や機会がどれだけあるだろうか?人々が虫や自然に興味を持ち、ふれあうきっかけをつくるため、当館で実践中の「あの手この手」を紹介し、皆さんと一緒に未来の昆虫展示について考えてみたい。
4.2050年の分類学と種分類
―自然史博物館の活動の枠組みの中において―
直海俊一郎(千葉県立中央博物館)
現在,「スタンダード」としての生物種のリストをインターネット上で公表し,それを生物学者が共有し,利用する枠組みについての議論がなされている一方,「何を種とみなすか」についての概念論レベルの議論も続いている.また,分子レベルのデータに基づく種分類群の区分けが,たとえばDNA分類学という枠組みのもとで取り組まれているが,他方では,多くの未知種が伝統的な手法のもとで記載されている.2050年の分類学はどうなっているだろうか.
本講演では,より良く対象生物を研究するために,(1)私たちは種をどのように理解すればよいかについて語り,続いて,(2)最近,様々な分野の研究で注目されている「個体群」の概念を紹介し,新たな枠組みにおける種と個体群の関係についても言及する.それらの議論を踏まえ,(3)自然史博物館の活動の一環として行われる分類学的研究は,近未来において,どうすれば地域の生物多様性の研究と保全・自然理解にとってより良い形で貢献できるかを論じる.
第16回昆虫担当学芸員協議会総会のご案内
今年も日本昆虫学会大会の小集会の形で総会を開催します。
今回の総会のテーマは特にありません。会場が異なりますが、公開シンポジウムの「2050年の博物館」の続編として位置づけています。
まず、文部科学省の研修制度「学芸員等在外派遣研修」に参加され、オランダのアムステルダム大学動物学博物館で研修された中村さんに、その模様を詳しく報告していただきます。昆虫標本が800万点以上ということで、日本の博物館とはかなり規模が違いますが、先進的な実例がたくさん聞けることと思います。
そして、昨年の総会のテーマであった「種情報データベースの構築と利用」の続編を話していただきます。積極的な参加をお願いします。終了後に恒例の懇親会を行う予定です。
記
会場:神戸市灘区六甲台町 神戸大学キャンパス
日本昆虫学会第67回大会C会場(Y103)
日時:2007年9月17日(月祝)16:00〜18:00の2時間
話題提供:
1.博物館のコレクションの管理と活用
−アムステルダム大学動物学博物館での研修から−
中村 剛之(栃木県博)
文部科学省の研修制度「学芸員等在外派遣研修」に参加し、オランダのアムステルダム大学動物学博物館(ZMA : Zo醇rlogisch Museum Amsterdam)においてコレクションの管理と利用に関する研修を受ける機会を得た。ZMAは資料数1300万点(昆虫標本800万点以上)を擁するオランダ屈指の動物学博物館である。5つの部門に分かれ、それぞれ数名〜20名の職員によって運営されているが、コレクションの管理に直接携わる職員は存外少なく、昆虫学部門であればコレクションマネージャー2名と数名の技師のみがこの任に当たっている。限られたスタッフによって膨大なコレクションが如何に管理・活用されているか、この点が今回の研修のテーマであった。
ZMAにおいても、資料の管理が地味で人手を消耗する作業であることに変わりはなく、その多くは名誉学芸員、館外の研究者、愛好家など多くのボランティアによって進められていた。スタッフは館外の研究者が研究や作業をしやすい環境づくりに気を配り、これらの研究者との間にしっかりとした協力関係が築かれていた。
ZMA昆虫部門におけるコレクションの管理・活用とボランティア研究者との協力関係について報告する。
2.「種情報データベースの構築と利用2」
アジア産農林害虫・有用昆虫の種情報の体系化・
ネットワーク化と分散検索システム2
多田内 修(九大・農・昆虫)・°金沢 至(大阪市自然博)
日本の昆虫は約3万種が記録されているが、その解明度は30%程度にすぎない
と言われている。このように膨大な種数を含む昆虫類については、その正確な同
定とともに種情報の集積と体系化、利用のためのネットワーク化が必要不可欠で
あると考えられる。
昨年の総会で、「種情報データベースの構築と利用」というタイトルの下に、
「アジア産農林害虫・有用昆虫の種情報の体系化・ネットワーク化と分散検索シ
ステム」(多田内修・金沢 至)、「種情報データベースとGBIF」(神保宇嗣・
伊藤元己・上田恭一郎)、「国立科学博物館におけるデータベースの構築」(友
国雅章・篠原明彦)、「佐賀県立宇宙科学館におけるデータベースの構築」(中
原正登)の四講演を得て、有意義な情報交換を行った。それらの情報から、昆虫
の種情報に関するXMLデータベースの仕様をまず検討する。続いて、本総会で懸
案となっている諸問題について意見交換を行う予定である。
昆虫担当学芸員協議会ニュース 16号 (2007年9月5日印刷・発行) 発行:昆虫担当学芸員協議会 事務局:大阪市立自然史博物館昆虫研究室(金沢 至,初宿成彦,松本吏樹郎) 〒546-0034 大阪市東住吉区長居公園1-23 TEL 06-6697-6221(代) FAX 06-6697-6225(代) E-Mail kana@mus-nh.city.osaka.jp 振替口座:00920-6-138616 昆虫担当学芸員協議会
第15回昆虫担当学芸員協議会総会の報告
本協議会の第15回総会が、鹿児島大学における日本昆虫学会第66回大会A会場で2006年9月17日(日)17:30〜19:30に小集会の形で開催された。テーマが、博物館施設としてどのような種情報データベースを構築していくのか、という博物館の根幹に関わるものだったので、参加者は48名と非常に多数であった。各話題については、本号に記事を掲載したので、ご覧いただきたい。総会終了後には、恒例の懇親会を会場近くで行った。話題提供のテーマの決定、会場の手配、懇親会の準備などで中峯浩司氏・祝 輝男氏に誠にお世話になった。お礼申し上げる。
総会参加者(50音順)
荒川賢良(植物防疫所調査研究部),石川 忠(東京農大・農・昆虫),伊藤元己(東大・総合文化・広域システム),上田恭一郎(北九州市立自然史・歴史博物館),碓井 徹(埼玉県立自然の博物館),太田有里(北大大学院理学研究科),大島康宏(九大院・比文・生物体系),大原賢二(徳島県立博),大原直通(さいたま市),大原昌宏(北大総合博物館),大場信義(大場蛍研究所),奥寺 繁(埼玉大院),小田切顕一(九大院・比文),金沢 至(大阪市立自然史博物館),勝山礼一朗(九大・比文・生物体系),金子順一郎(群馬県沼田市),小西和彦(北海道農業研究センター),佐藤隆士(鳥取県立博物館),佐藤友香(福井市自然史博物館),四方圭一郎(飯田市美術博物館),篠原明彦(国立科学博物館),初宿成彦(大阪市立自然史博物館),神保宇嗣(東大・院・総合文化),須島充昭(東大・総合文化),箭内 緑(島根大院・生物資源・動物生態),高橋 元(山口大・理),多田内修(九大・農学研究院),友国雅章(国立科学博物館),中西明徳(兵庫県立人と自然の博物館),中原正登(佐賀県立宇宙科学館),中峯浩司(鹿児島県立博物館),畑田 彩(総合地球環境学研究所),樋口弘道(宇都宮市),広渡俊哉(大阪府立大),平田慎一郎(きしわだ自然資料館),細石真吾(九大熱帯農学研究センター),黄 国華(大阪府立大),前藤 薫(神戸大・農),松本吏樹郎(大阪市立自然史博物館),宮武頼夫(関西大学),八木 剛(兵庫県立人と自然の博物館),矢後勝也(東大院・理),矢田 脩(九大・比文・生物体系),柳本義治(佐賀県立宇宙科学館),山田量崇(大阪府大院・生命環境・昆虫),吉武 啓(東大・院・総合文化),吉村正志(九大熱帯農学研究センター),渡邉 融(国立遺伝学研究所).
「種情報データベースの構築と利用」
アジア産農林害虫・有用昆虫の種情報の体系化・
ネットワーク化と分散検索システム
多田内 修(九州大学大学院農学研究院昆虫学教室)
金沢 至(大阪市立自然史博物館)
1.はじめに
科学研究費基盤研究(A)「アジア産農林害虫・有用昆虫の種情報の体系化・ネットワーク化と分散検索システム」(研究代表者:多田内 修、課題番号:18208006、期間:平成18〜20年度)が採択され、総勢約20名のプロジェクトが動き出した。このプロジェクトの背景は次のようである。
アジアを中心に人口の爆発的増加により、今日では地球規模で食糧増産が求められている。農産物の安定的供給にあたっては、病害虫の制御方法の確立や有用昆虫類の利用の拡大が望まれている。このような状況にあって、研究の基礎となる昆虫類の種情報の体系化とネットワーク化は著しく遅れ、3000万とも5000万とも推定される熱帯地域の昆虫類の膨大な種数とあいまって、応用研究の進展を阻んでいる。現在知られている約100万種の昆虫はそのわずか数%にすぎず、今後熱帯地域を中心に膨大な種の昆虫が発見される可能性を残している。
日本の昆虫については、多田内らが構築した日本産昆虫目録データベース(1990)で28,937種の記録があり、その後の増加により現在は約3万種が発見されている。しかし、その解明度は30%程度にしかすぎないとされる。このように膨大な種数を含む昆虫類については、その正確な同定とともに種情報の集積と体系化、利用のためのネットワーク化が必要不可欠であると考えられる。近年種多様性の問題と相まって生態学的見地からの昆虫類の研究は盛んであるが、その基礎となる種の同定には多大の時間と種情報の集積が必要と言わざるをえない。また、アジア各国では、害虫類の種情報の集積と正確な同定技術の確立は、農業振興上きわめて重要と考えられる。
2.プロジェクトの背景
近年データ通信網の発達により、主要国で蓄積されつつある生物情報に関する国際的情報ネットワーク作りの気運が高まっている。1996年6月にOECD/CSTP (経済協力開発機構科学技術政策委員会)がメガサイエンス・フォーラムを立ち上げ、1998年に「地球規模問題に関するワークショップ」を開催した。翌年には生物情報ワーキンググループによるGBIF設置勧告が行われ、OECD科学担当閣僚会合により、2001年にGBIF(地球規模生物多様性情報機構)が正式に発足し、イギリスのBioNETなどとともに、その取り組みが開始されている。現在のところ、高等植物、脊椎動物などは種数が少ないこともあり、一定の成果をあげている。しかし、とくに昆虫類については膨大な種数を含むため取り組みが大幅に遅れており、まだ国外でも十分な成果を生み出しているいとは言えない。また、平成18年度に向けて、国連FAO(食糧農業機関)が窓口になり、世界の食糧増産に向けて基礎資料となる送粉(花粉媒介)に重要な世界のハナバチ類カタログ(ECAT) の作成に本腰を入れるなど、生物種情報の集積とネットワーク化は国際的に重要な流れとなっている。
3.プロジェクトの核となるデータベース
1)昆虫学データベース(KONCHU,http://konchudb.agr.agr.kyushu-u.ac.jp)
多田内らが1983年以来構築を行っている日本およびアジア・太平洋地域産昆虫種情報データベースである。昭和62年10月より九州大学大型計算機センター(現情報基盤センター)の公用データベースとなり、データベース管理システムSIGMAにより、大学間ネットワークを通じて一般公開してきた。データファイルが追加構築されるごとに、毎年更新公開している。その後、インターネットの普及に伴い、平成11年度からは、和文、英文のホームページを開設し、九州大学昆虫学教室内のワークステーションにもデータファイルとSIGMAシステムを移築し、ともに一般公開している。平成14年度からは、それまで個々に公開していたデータベースファイルを、昆虫学データベース(KONCHU)のもとに一括管理し、その中に主要な6つのデータベースファイルを置きリンクさせている。公開済みレコード数は約15万件である。
本データベースは英国に次ぎ世界で2番目に自国の昆虫総目録を作成・データベース化したのをはじめ、東アジア産昆虫種情報の重要な情報源として国際的認知度は高く、国外では欧米だけでなくアジアの多くの国からアクセスがあり、アジアの昆虫学の推進に大きく貢献していると考えられる。国内、国外の大学、研究機関、行政機関だけでなく、一般企業、一般愛好家、教師、学生、翻訳家等から常時アクセスがある。国内だけでなく国外約50ヵ国の研究機関から利用され、米国NBII、NASA, デンマークGBIFなどのメタデータに採用登録、またはリンクがはられており、Web上で「entomology, database」を検索すると、アメリカ・スミソニアン自然史博物館の昆虫学データベースとともに、常時世界の上位3位以内にランクされ国際的に認知度は極めて高い。
現在主要6ファイルからなり、昆虫学文献データベース(KONCHUR)、日本産昆虫総目録データベース (MOKUROKU)」、日本産昆虫学名和名辞書データベース (DJI)」、日本産有用昆虫画像データベース (HANABACHI、TOBIKOBACHI)」、九州大学昆虫学教室所蔵タイプ標本データベース(ELKUType) がある。また、国際昆虫学会大会(ブラジル、2000年;オーストラリア、2004年)をはじめ各種国際会議・シンポジウムで本データベースの紹介を行っている。
2)タイプ標本および農林害虫、有用昆虫類データベース
九州大学昆虫学教室タイプ標本データベース (ELKUType) はその構築が2/3ほど終わっている。また有用昆虫画像データベース(ハナバチ類、コバチ類)は公開済みである。他の研究機関(農業環境技術研究所、国立科学博物館等)でも一部が公開され、また未公開でも構築が進められている。
4.三つの目的
このような経験をふまえ、本プロジェクトの目的を次の点にしぼった。
1)種情報センターAIICの確立
すでに膨大に蓄積されつつある日本を含む東アジア、太平洋地域産の昆虫種情報の体系化とネットワーク化を推進し、アジアでの昆虫類の種情報センターAIIC (Asian Insect Information Center)の基礎を確立させることを目的としている。具体的には、国内には、日本だけでなく、海外調査によってもたらされたアジア・太平洋地域産の膨大な昆虫標本があり、それらに基づいて記載された新種等のタイプ標本類が多数所蔵されている。まず第一に、国際的にもその構築が切実に求められている、全国の大学・国立研究機関・地方自然史系博物館等に所蔵されている、アジア産昆虫類タイプ標本(ホロタイプ:北大約5000点、九大約4000点等を含めて全体で計約20,000件)のデータベース化を行う。これにより、アジアで最も重要な昆虫情報資源の体系化を行うことができる。九大の書式項目は、下記の通りであるが再度GBIF書式とも比較検討を行い最終決定する。
登録番号、登録年月日、学名、和名、現在の学名、目名、科名、原著者、命名年、原記載の論文タイトル、雑誌、巻号頁、タイプの雌雄、タイプ産地国、保存形式、パラタイプ、備考、画像の19項目。
2)アジアにおける昆虫種情報インフラの充実
さらに、研究代表者や各分担者はその多くが昆虫分類学の専門家であるため、専門とする害虫類、有用昆虫類等に関して膨大な情報を蓄積しており、その一部(種リスト、画像、種情報)はインターネット上に有用情報として、公開または公開準備中のものが多数ある(Tadauchi et al., 2001, 2002, 2003, 2004: 日本産ハナバチ類、トビコバチ類、熱帯アジア産ハナバチ類;緒方他、2003, アリ類;小島、ゾウムシ類;紙谷、ヨコバイ類、他)。本研究では、このように、これまで個々の研究者が蓄積してきたアジア産昆虫類に関する種情報を集積、体系化してネットワークを介して国外を含む一般研究者に広く公開し、アジアにおける昆虫種情報インフラの充実をはかることがねらいである。
タイプ標本以外にも、アジア産昆虫類の種情報データベースを構築し、一部公開済みのものもある(HANABACHI,TOBIKOBACHI他)。それぞれの専門とする分類群のデータベースの構築を開始し、将来分散されたサーバ上から同時に公開することにより、より広範で強力なアジア産昆虫種情報の発信基地をめざす。担当者は専門の分類学的研究を行い、その成果をデータベース化する。
3)検索システムの確立
次に、上記のようにすでに構築されている種情報資源は書式がまちまちであり、統一的な検索手法では検索に不具合が生じることになる。また、種情報資源を一箇所に集約させる集中型の検索システムでは、検索の負荷や、サーバあるいはネットワーク障害時にサービスが提供できないという問題もある。さらに、種情報資源の保有者の権利問題も考慮する必要がある。そこで、本研究では情報システムの分担者の基礎研究 (Kida et al., 2000, 2003、他) を発展させ、現在九州大学で稼動している情報検索システムSIGMAとは別に、すでに各研究機関で蓄積された多様な書式のデータを検索するための柔軟性のある検索システムを新たに開発して対応する。さらに、主要な研究機関にサーバを配置させて分散検索の技術を開発する。
5.データベース群の構築と意義
本プロジェクトは、東アジア・大平洋地域産昆虫の種情報データベース(昆虫学データベース、KONCHU)を核として、アジア産昆虫類に関する種情報の体系化を図り、INTERNETを通じて世界に提供できうる体制を作ろうとするものである。現在、昆虫種情報については昆虫類があまりにも膨大な種数を含むため、その体系化とネットワーク化が他の生物群に比べ、世界的に極端に遅れている。しかし、本研究は、すでに核となる種情報源を保有していること、全国の大学、国立研究機関、自然史系博物館の多くの昆虫分類研究者が加わることによって、国際的にも質の高い生物データベース群を構築できると考えている。
アジア産昆虫の種情報の検索、種の同定を容易にし、アジア産昆虫に関して分類学的基礎研究ばかりでなく、応用上における情報提供に大きな貢献ができるものと考える。これにより、アジアの基礎昆虫学、応用昆虫学の発展に大きく寄与し、ひいてはアジアの農業生産に貢献できるものと考える。
データベースの構築、システム開発とネットワーク化については、メンバーはかつてその協力により、イギリスに次ぎ世界で二番目の自国の昆虫目録の作成とデータベース化を成功させた実績がある(日本産昆虫総目録、1989, 1990;日本産昆虫目録データベース、2000、インターネット上に公開)。今回、多様な書式のデータを検索するための柔軟性のある検索システムの開発を目的の一つとしているが、情報科学の分担者がすでに十分な基礎研究を行ってきており技術的な裏づけを持っている。本プロジェクトは上記のように、これまでの研究代表者、分担者の研究を発展させたものであり、成功の可能性はきわめて高いと考えている。
種情報データベースとGBIF
神保宇嗣*)・伊藤元己*)・上田恭一郎**)
*) 〒153-8902 目黒区駒場3-8-1 東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻
広域システム科学系伊藤元己研究室
**) 〒805-0071北九州市八幡東区東田2-4-1北九州市立自然史・歴史博物館
生物多様性に関する情報は,生物科学をはじめ様々な分野で必要とされるようになっている.そのため,利用者が網羅的かつ短時間に情報を収集し活用することを目的として,インターネットなどの情報技術を用いた,生物多様性情報の収集・検索システムの構築が進められている.
博物館は,これまで生物多様性情報の情報提供者として大きな役割を果たしてきた.特に,収蔵標本情報は生息場所や出現期などの基礎的情報(一次情報)を提供する重要性の高い情報である.さらに,収蔵標本画像をデータベース化し公開することによって,博物館に行かなくても予備的な標本調査を行うことも可能になった.このような標本情報の電子化は,所蔵標本の価値を高めることに貢献している.
しかし,現在提供されている標本情報や画像だけでは,利用者が必要としている情報を十分提供しているとはいえない.なぜなら,多くの利用者は,それを図鑑のように利用して同定し,各種の生態や形態などの情報を得たいと思っているからである.そのためには,各種に関する様々な情報,すなわち「種情報」を公開することが必要である.
種情報は,昆虫の専門家や愛好家だけでなく,学校での総合学習や博物館での社会教育活動,一般の人たちまで広く需要があるが,その公開は進んでいないのが現状である.標本画像データベースで各個体の標本画像が見られるのに,正確な同定には利用できない状況にジレンマを感じている人も多いだろう.
しかし,状況は少しずつ動きつつある.生物多様性情報の収集と公開を目的とした地球規模生物多様性情報機構(GBIF)では,種情報のデータベースSpeciesBankの構築を予定している.さらに,今年になって新たな別の大規模な種情報データベースプロジェクトEncyclopedia of Lifeが立ち上がり,公開に向け構築が進められている.しかし,その一方で,種情報の大規模データベース公開には,技術的・概念的にまだ多くの問題が残されているのも事実である.
そこで,本記事では,種情報のデータベース化をテーマとして取り上げ,その現状と今後について紹介する.具体的には,生物多様性情報学とGBIFの概要を紹介し,GBIFを中心に現在進行中のプロジェクトの紹介を行うとともに,日本の種情報データベースの現状とその近未来像に関する私論を博物館との関連とともに紹介したい.なお,本記事は昨年の9月の昆虫担当学芸員協議会総会における筆者らの話題提供「種情報データベースとGBIF」をもとにしたものである.
生物多様性情報学とは
この世界には,把握が不可能なほどの多様な生物が生息しているが,自然に関する莫大な知見が集積された結果,我々はその多様性の一部を垣間見るのに十分な知見を得るに至っている.その一方で,生物多様性に関する情報への需要は増加の一途を辿り,その重要性は日に日に増している.
しかし,現状では,ある生物の情報を網羅的に収集しようとすると多大な労力が必要である.たとえば,既知の昆虫全種の最新の学名リストが欲しいとしよう.分類学コミュニティはそれを調べるための手段を提供していないため,原記載論文や二次文献を利用して情報収集するしかない.とはいえ,文献を入手の膨大な情報整理を人手で行うことを考えると事実上それは不可能であった.このように,生物多様性情報への需要は高いにもかかわらず,蓄積された知見を統括し提供する手段がなかったことが,情報の利用促進を阻んできたといえよう.
一方で,莫大な情報の管理手法には,この数十年の間に大きな変革があった.コンピュータやインターネットをはじめとした情報技術がめざましい成長を遂げ,これらを利用することで,人手では不可能な情報の活用が可能になったのである.そこで,情報技術を利用して莫大な生物多様性情報を有効活用しようする動きが起こり,それが生物多様性情報学という一分野に発展することになった.
生物多様性情報学とは,生物多様性情報の管理に情報学的手法を適用し情報の活用を目指す学際的学問分野である(Sober醇pn & Peterson, 2004; Johnson, 2007).この分野の現在の主軸は,多量の情報を管理・活用するための仕組みであるデータベースと,世界中のコンピュータと情報をやりとりする仕組みであるインターネットの2つであり,これらを組み合わせることで,生物多様性情報を誰もが必要なときに自由に利用可能な形で公開することができる.
GBIFとTDWG
このような生物多様性情報の電子化と共有化を実現することを目的とした組織として,世界規模生物多様性情報機構(Global Biodiversity Information Facility: GBIF)とTaxonomic Database Working Group(TDWG)を紹介する.
GBIFは,経済協力開発機構(OECD)での提言を受けて2001年3月に正式発足した生物多様性情報の共有化を目的とした国際科学プロジェクトである.生物多様性情報を誰もが自由に使えるようになることを目標に,関連技術の開発・情報の電子化と収集・インターネットを介した検索サービスの提供を行っている1).GBIFの具体的な6つの目標を表1に示す.GBIFの活動は,2006年までの第1期と,2007〜2011年の第2期に分けられている.第1期では,前述した目標のうち4つのプログラムを行い,その成果として,89万件の種名データ(ECAT)と1億件を超える標本や観察情報のデータ(DIGIT)を収集し,世界中のデータを集約・共有し,まとめて検索するための手法(DADI)とそのシステム(OCB)が構築された.さらに,今年の7月にはウェブサイトおよび検索システ
表1. GBIFの6つの目標.
1. DADI: Data Access and Database Interoperability
データ形式・データベースの標準化
2. DIGIT: Digitisation of Natural History Collections Data
標本データと観測データの電子化
3. ECAT: Electronic Catalogue of Names of Known Organisms
学名の網羅的電子カタログ
4. OCB: Outreach and Capacity Building
ソフトウェアの提供・教育普及
5. SpeciesBank
種に関する総合情報データベース
6. Digital Biodiversity Literature Resources
生物多様性電子図書館
ムがリニューアルされた2)(図1).2007年〜2011年の第2期では,生物全種の種名データ,10億件の標本・観察情報データを収集・公開するだけでなく,後述する種情報データベースSpeciesBankや,電子図書館の整備も行う予定になっている.
TDWGは,生物多様性に関する情報の保存および共有方法を情報学的に検討し決定すること,およびそれを利用したソフトウェアの開発を促進することを目的とした組織であ
表2. 生物多様性情報の主なデータ形式とプロトコル
データ形式 プロトコル
標本・観察情報 Access to Biological Collections Data (ABCD) BioCASE
DarwinCore(DwC) DiGIR
TDWG Access Protocol for Information Retrieval (TAPIR)
種名情報 LinneanCore
種概念 Taxonomic Concept Schema (TCS)
記載情報 Structured Descriptive Data (SDD)
コレクション情報 Natural Collections Descriptions (NCD)
る(図2)3).すでに,多くの種類の情報の保存および共有方法が決められており,GBIFのDADIプロジェクトもTDWGとの連携の中で進められてきた.TDWGおよび関連した組織によって決められている標準的なデータ形式とデータ受け渡し方法(プロトコル)の一覧を表2に示す.
大規模な種情報データベース
種情報データベースは,各生物種に関する様々な情報(生物学・化学・農学・文化など)を保存し利用者に提供することを目的としたシステムである.現在,SpeciesBankとEncyclopedia of Life(EOL)の2つの大規模プロジェクトが進行中である.
SpeciesBankはGBIFが構築を計画している種情報データベースである.前述したように,このデータベースは2007年からの第2期計画に含められており,第1期計画で収集された種名情報や標本情報を踏まえた上で構築される.しかし,現状では,2005年にアムステルダムで開催されたGBIF SpeciesBank Workshopで予備的な議論がされたにとどまっている.
一方,筆者らが話題提供を行って半年経った2007年5月に,アメリカで新たな種情報データベースプロジェクトEncyclopedia of Life(EOL)の立ち上げが大きく報道された(図3)4).EOLもまた,様々な利用者層をターゲットとした全生物種のオンラインデータベースの構築を目的としている(Wilson, 2003).現在はサンプルページが公開されているだけだが(図4),各種の情報は研究者に執筆依頼する形で収集し,内容校閲後にウェブサイトで公開するという.複数財団からの1000万ドルを超える資金提供を基に活動を開始し,2008年半ばに最初のバージョンを公開し,10年間で全生物180万種の情報を公開することを目標としている.
2つの種情報データベースプロジェクトは,どちらも研究者を中心とした多くの執筆者の「集合知」によって構築される点で一致している.しかし,SpeciesBankはこれまでに蓄積された生物多様性情報を基盤とした自然史科学的な資料集の構築を目指しているのに対し,EOL名前の通り百科事典のような一般向け読み物としての性格が強い点で異なる.
どちらのプロジェクトも始動したばかりであり,実際に運用するにはまだ多くの問題が残っている.ここでは,情報技術と分類学の狭間に残された重要な問題として,種概念を電子化する際の問題点について触れたい.
種情報データベースは,種を基本単位として様々な情報をまとめたものである以上,利用者は種名に基づいてデータを見たり検索したりすることになる.しかし,そこには「種名の示すものは分類学的研究の進展に伴って変化する」という大きな問題が存在する.たとえば,1種が複数種に分割されたり複数の種が統合されたりすることによる各種の範囲の変化,属階級群の解釈の変化や同物異名(シノニム)・異物同名(ホモニム)などによる種名自身の変化などがあげられる.利用者は検索対象の分類学的な進展を全て把握しているわけではないので,種情報データベースには,古い学名や別名を使って検索しても,必要な情報を得られるようになっている必要がある.この機能を実現するには,これまでの種概念の変化を電子化する必要がある.TDWGは,種概念を電子化する際の保存形式としてTaxonomic Name and Concept(TNC)を策定している.また,EOLにおいても,種概念情報を扱うシステム(Taxonomic Intelligence:TI)の構築を目指すとしている5)が,おそらくTNCに類似した技術を利用するシステムになると思われる.
日本の種情報データベース
今まで述べてきたように,世界では包括的な種情報データベース構築の動きが起きつつある.現在のところ日本国内ではまだ表だった動きは無いが,近い将来には,日本の研究者もこのような世界の流れを意識していく必要があるだろう.一方で,日本国内でも種情報の公開を求める声は大きく,日本国内向きに種情報を公開することには大きな意味がある.日本で種情報データベースを作成するためには,日本語や和名による検索をはじめ,日本国内の特性や状況を踏まえて設計する必要がある.ここでは日本における種情報およびそれに関連したデータベースについて,昆虫類を中心とした現状と今後の展望に関する私見を述べたい.
日本における種情報データベースは,大きく1)公的機関によるもの,2)専門家および専門家グループによるもの,3)不特定多数によるものに分けられる.
1) 公的機関によるデータベース
数はそれほど多くないが,中でも重要なものとして,環境省の生物多様性情報システム6)の絶滅危惧種情報をはじめとしたレッドデータ情報があげられる.
2) 専門家および専門家グループによるデータベース
日本産アリ類データベース7)は画像データベースのパイオニアの一つであり,アリに関する概説から,分類体系,各種の形態や分布情報まで参照・検索でき完成度が高い.林成多氏によるWeb版ネクイハムシ図鑑をはじめとする甲虫に関する図鑑類8)は,詳しい形態観察や絵解き検索が含まれており情報の密度が高い.戸田正憲氏らが作成したBiological Classification and Identification System (BioCIS) 9)は,ウェブ上で絵解き検索を作成するための汎用のソフトウェアであり,実際にショウジョウバエ類等の検索を行うことができる(図5).分類学的な検索表と情報技術との関係,および関連したソフトウェアについてはWalter(2007)の概説も参照されたい.九州大学大学院昆虫学教室で公開されている日本産ハナバチ類画像データベース(HANABACHI) 10)では,画像データの他に形態的特徴や発生時期などの情報も取得できる.
3) 不特定多数および特定グループによるデータベース
不特定多数によって内容が構築されるデータベースは,世界中の人々と情報をやりとりできるというインターネットの特性を強く生かしたものだといえる.不特定多数が編集する百科事典WikiPedia11)はその最たるものであり,EOLはwikipediaからヒントを得た側面があるという.日本におけるこのタイプのデータベースとしては,筆者も参加している「みんなで作る日本産蛾類図鑑」12)があげられる.このウェブサイトでは,種名,分布情報,寄主植物情報を,一般から提供された1万枚以上の画像とともに調べることができる(神保・鈴木, 2006).最近,類似したコンセプトによるウェブサイトもいくつか見られ,「みんなで作る双翅目Web図鑑」13)もその一つである.さらに,このコンセプトを教育活動に適用した例として,受講生等によって構築される東邦大学生物多様性学習プログラム(BioLTop)14) の「みんなで作る写真図鑑」があげられる(図6).
このように,一口に種情報データベースといっても様々な目的や運営形態がある.公的機関や専門家によるものは,研究成果を一般に向けて情報発信することで,自分の研究の意義を広めるとともに,自らが持つ専門知識を多くの人と共有することが目的であるといえる.不特定多数によるものは,参加者同士で情報を持ち合い共有することが目的なので,場合によっては学術的な価値よりも啓蒙普及的な面が重要視されることになるだろう.
種情報データベースの展望
日本国内でも,上記の例をはじめとして多くの種情報データベースが構築・公開された結果,我々は様々な種情報をインターネット経由で簡単に得られるようになった.しかし,利用者の立場から見れば,現在のデータベースはまだ使いやすいとは言えない.その理由としては,1)どんなデータベースが公開されているのかをきちんと調べる方法がないこと,2)複数のデータベースをまとめて検索し結果を整理して表示する方法がないこと,3)公開されているデータは実在するデータのほんの一部分であり膨大な未公開情報が残っていること,などがあげられる.この節では,今後どのようにしてこれらの問題点を克服していくべきか,そのための私見を述べたい.
1)公開されているデータベースを調べる
現在,種情報データベースは各作成者によって独立に作られているだけで,いま,どのようなデータベースが利用可能であるかを検索する方法が存在しない.そのため,自分の欲しい情報をどのデータベースで調べればいいのか,そもそもインターネット上で調べられるのかどうかを知ることができないという問題点がある.
一つの解決策としては,google15)などの汎用検索エンジンの利用があげられる.検索エンジンは,数十億ページの情報を自動的にデータベース化しており,知りたい生物の名前(あるいはその一部)を検索することで,その名前の載っているウェブサイトをかなり網羅的に調べることができる.しかし,すでに永幡(2005)が指摘しているように,検索エンジンは情報の正確性を保証していないため,しばしば誤同定や誤解に基づく不正確な情報にたどり着いてしまうと言う問題がある.
そこで,これらの問題を解決するために,種情報データベース自体のデータベース(メタデータベースと言われる)を作成する必要がある.具体的には,データベースの名称,インターネット上のアドレス,概要,管理者情報などをまとめたものである.このような種情報データベースのメタデータベースの重要性については生物多様性条約の中でも述べられており,それを公的機関が整備することが期待されている.実際,環境省は自由に登録できるメタデータベース「生物多様性情報クリアリングハウス」16)を作成しているが,利用登録情報は非常に少なく実用に耐えないのが現状である.今後の発展に期待したい.
2)複数のデータベースを一度に検索する
例として,ある昆虫に関する情報を調べるためにメタデータベースを利用したところ,10個のデータベースに情報があることがわかったとする.もし,これらの10個のデータベースが独立に存在しているとすれば,10個のデータベースに一つ一つアクセスして検索しなければならない.しかし,もし,1回の検索で10個のデータベース中の情報を得ることができれば,情報収集に対する労力が飛躍的に軽減されると考えられる.
複数のデータベースを1回に検索するシステムは,「分散データベース」と呼ばれる技術を使うことで構築することができる.分散データベースを使った検索システムでは,利用者に変わり検索システムが複数のデータベースの検索を担い,得られた結果を集計して表示する.そのため,利用者からはあたかも一つのデータベースのように見える.このような分散データベース技術を利用した例が,GBIFの標本・観察情報検索システムである.GBIFで公開されている1億件以上の情報は,GBIFの各加盟機関(ノードという)にバラバラに保管されている.しかし,利用者がGBIFの検索サイトから検索すると,検索システムが全ノードのデータベースを検索しその結果を返してくれる.
GBIFの種情報データベースであるSpeciesBankも同じような仕組みを持ったシステムになることが期待される.そのためには,標本や観察情報と同様に,検索システムとデータベースが種情報をやりとりする仕組みの策定と,各データベースの対応が必要である.ただし,各データベースの対応については,作成者にそれを求めるのではなく,簡単に利用可能なソフトウェアを開発しそれを使ってもらうことで実現できると考える.
3)既存の情報源の有効活用と電子化
現在,インターネット上のデータベースで参照できる種情報は,日本に存在する種情報の総数から比べれば遙かに少ない.多くの情報は,印刷物や標本,あるいは各専門家の知識という形で存在している.これらの情報は,今後包括的なデータベースの作成には不可欠である.また,日本は世界でも1,2を争うアマチュア昆虫愛好家大国であり,各人が持っている観察データの量は莫大である.このような情報を活用できれば,データに厚みを持たせることができるだろう.
では,様々な種情報をデータベース化するにはどうすればよいだろうか?私見として,3つの方法をあげたいと思う.
3-1) 研究機関の業務としてのデータ登録
現在,各自然史科学系の博物館では標本資料情報の電子化が急ピッチで進められている.これまでに64万点以上の標本情報が電子化され,国立科学博物館が管理するサイエンスミュージアムネット17)やGBIFを通じて公開されている.今後は,日本分類学会連合などが準備している研究者データベースと関連する形で,各研究者の専門分野に関する種情報の共有化を図る必要があると考える.
3-2) 各専門家への依頼によるデータ登録
分類学は,地球上の生物を体系立てて整理し,その情報を共有する基盤を作る学門であると私は考えている.各専門家の持つ情報を共有化することで,情報利用の可能性を広げるだけでなく,提供者へのフィードバックを通して研究が進展することが期待される.残念ながら,現状では情報公開に対する意識が薄いこと,データベースを公開しても論文とは違い評価が定まってないことから,専門家による情報公開は非常に遅れている.しかし,生物多様性情報の重要性がより高くなり,情報公開による自身へのメリットの理解が進めば,今よりも情報の公開は進んでいくと私は期待している.
3-3)不特定多数からの情報提供
アマチュアの中には,自分の情報を提供することで,研究分野へ貢献したいという意識を持っている人も多く存在する.そのような人に,自由に観察データを登録することのできるシステムを提供することで,様々な情報を補完することが可能になる.実際,筆者が管理している「みんなで作る日本産蛾類図鑑」では,出現期や分布域情報の漏れを多数の方々に指摘あるいは情報を補完してもらうことで,各種情報の精度が著しく向上した.ただし,誤同定などに基づくミスが混じるおそれがあるので,データ登録できる人の制限や,専門家あるいはそれに準じる人たちによる内容チェックなど,何らかの措置が必要であろう.
おわりに
本記事では,種情報データベースをテーマとして,その意義,現状および今後の課題について述べてきた.種情報データベースの整備は大規模・小規模な様々なプロジェクトによって進められていくだろうし,蓄積された情報は様々な形で利用されていくだろう.また,博物館などの研究者にとっても,一般からの質問・同定依頼・展示準備といった業務の効率化や,情報提供等による研究の進展などが期待される.研究者による協力はこれからの課題であるが,このようなデータベース化は,一般の利用者のみならず,研究者自身にとっても有益であるということを理解していただき,これからのデータベースの充実化を目指していきたいと考える.
最後に,このような発表の機会を提供していただいた大阪市立自然史博物館の金沢至氏,色々ご意見いただいた東京都立大学大学院の宇津木望氏に御礼申し上げる.
参考文献
神保宇嗣・鈴木隆之, 2006. インターネットが創る分類学の可能性−蛾類を例に. タクサ 20: 6-14.
Johnson, N. F., 2007. Biodiversity Informatics. Annu. Rev. Entomol. 52:421-438.
永幡嘉之, 2005. 昆虫の名前を調べるにあたってのインターネット利用の問題点. 日本昆虫学会大会第65回大会公開シンポジウム「昆虫学の未来を担う少年たち」.
Sober醇pn, J. and A.T. Peterson, 2004. Biodiversity informatics: managing and applying primary biodiversity data. Philos. Trans. R. Soc. London B 359: 689-698.
Walter, D.E. and S. Winterton, 2007. Keys and the Crisis in Taxonomy: Extinction or Reinvention? Annu. Rev. Entomol. 52:193-208.
参考サイトURL(文中の上付き文字のサイトのアドレス)
1) http://www.gbif.org/
2) http://data.gbif.org/
3) http://www.tdwg.org/
4) http://www.eol.org
5) Draft framework for launching the Encyclopedia of Life:
http://eolinformatics.mbl.edu/Documents/draft_framework.html
6) http://www.biodic.go.jp/J-IBIS.html
7) http://ant.edb.miyakyo-u.ac.jp/J/
8) http://www.green-f.or.jp/heya/hayashi/hayashi01.html
9) http://biokey.museum.hokudai.ac.jp/Classification/index.jsp
10) http://konchudb.agr.agr.kyushu-u.ac.jp/hanabachi/index-j.html
11) http://ja.wikipedia.org/
12) http://www.jpmoth.org/
13) http://furumusi.aez.jp/diptera_web.htm
14) http://www.mnc.toho-u.ac.jp/v-lab/bioltop/index.html
15) http://www.google.co.jp/
16) http://www.biodic.go.jp/chm/index.html
17) http://science-net.kahaku.go.jp/
国立科学博物館における
データベースの構築
友国雅章・篠原明彦(国立科学博物館)
国立科学博物館におけるデータベースの構築は,コンピュータの発達・普及とほぼ軌を一にしている.1980年代になると一部の研究員の間で,これまで台帳に手書きをしていた標本登録の作業にマイクロコンピュータが用いられるようになりだした.それにより目録の作成と出版が容易になったが,使用できるソフトが特殊なもので操作が容易ではなかったため,専任のオペレータを必要とした.それでも,このシステムを利用して出版された標本目録は10数件ある.
パーソナルコンピュータとデータベースソフトが普及するにつれて,標本登録にPCを用いることが当たり前になり,少額ながら電子情報化のための予算措置も執られるようになった.また,標本登録のみならず,文献情報,分布情報など自分の研究のためのデータベースを自分で作成する研究員もみられるようになった.
1990年代の後半頃から「生物多様性」がホットなキーワードとして一般に普及しだすと,標本資料情報化のための予算措置が本格化し,公開することを前提としたデータベースが多く作られるようになりだした.公的機関に情報の公開が強く求められるようになったのと軌を一にして,データベース作成に必要な予算の獲得がさらに容易になった.とくに,当館が2001年に独法化したことで,その構築は著しく加速した.全額がデータベース作成に直接支出されるわけではないが,平成17年度の資料情報化のための予算額は外部資金も含めて約8500万円である.このようにして構築されたデータベースは,現在,当館のホームページで公開されており,その総数(タイトル数)は56本,レコード数は約89万件(未公開分を含めると約150万件)になっている.博物館のデータベースであるから,その多くは標本を対象にしたものであるが,文献,分布,種目録,画像,測定値など多岐にわたっている.
当館はGBIFの事業にも開始当初から参画しており,JSTおよび文科省から別途予算配分を受けている.とくに後者の予算では,全国の博物館と大学の協力を得てさまざまな研究用標本の情報検索ができるポータルサイトを立ち上げた.現在,16機関の約30万件のデータが集約されており,「サイエンスミュージアムネット(S-Net)」としてホームページ上で公開している.
今後の課題として,館内の標本データベースのフォーマットの統一が挙げられる.これまでは各人各様のやり方で構築してきたため,使用するアプリケーションはもとより,フィールド項目やレコードの標記法も統一が取れていない.これは,必要とする標本のデータが分野によって,また生物分野では分類群によっても相当異なるのでやむを得ないことではあったが,館としてデータベースを一元管理するためにはさまざまな不具合が生じるし,ユーザーにとっても,一つのスタイルのデータベースであらゆる標本の情報が検索できた方が使い勝手がよい.そこで当館では,昨年度から全館で共有できるデータベースプラットフォームを作成するために,その仕様を検討している.
佐賀県立宇宙科学館における
データベースの構築
中原正登(佐賀県立博物館:佐賀県立宇宙科学館常駐)
佐賀県立宇宙科学館は,1999年に開館した県立の自然科学系文化施設である.施設名に「宇宙」という言葉が付くものの,佐賀県立博物館が所蔵していた自然史資料のほとんどが開館当初に移管されたため,実質的には総合科学館というべき施設である.
筆者は,2002年度に当館に赴任し生物系の標本管理を担当している.生物標本は,言うまでもなくその地域本来の自然を知るための貴重な情報源である.しかし,そのほとんどは収蔵庫に保管され一般の目に触れることはほとんどないし,現実には常に展示することも不可能である.環境保全への関心が高まる中,地域の生物相の変遷を把握することは将来の保全対策のための基盤である.その情報源となる生物標本の管理と誰もがいつでも利用可能な情報にすることは,地方の博物館の重要な役割の一つである.情報化の手段の一つとして,標本目録を印刷物にして出版することが考えられたが,近年の財政事情では不可能と思われた.さらに,高齢となったアマチュア研究者から毎年多数の標本寄贈がある現状では,その都度印刷物を出版しないことには最新情報とはなり得ない.これらの問題点を解決する方策として,標本のデータをデジタル情報化し,追加・修正と公開が常時可能なシステムの構築を熱望していた.
筆者が赴任した当時,すでに当館でも資料のデジタルデータベース化が進められていたが,使用されているソフトウエアはオラクルという重厚長大できわめて使いづらいものであった.オラクルは多機能とのことであったが,操作が複雑で標本データの登録に大変な時間を要するという致命的な問題点があった.生物標本においては一度に何百,何千という数が寄贈されることも少なくない.年々増え続ける膨大な数の標本のデータをオラクルで登録することは到底不可能と思われ,現実に筆者が赴任した当時,寄贈標本の登録は全く手つかずの状態であった.
そこで,他館でのデータベース管理状況について情報を収集した結果,オラクルに代わりファイルメーカーで標本のデータベース化を進めることにした.その理由は,すでにオラクルで登録されていたデータのエクセルデータへの変換が可能で,これをファイルメーカーデータに変換することはきわめて簡単だったからである.また,標本画像の貼り付けが,パワーポイントの画像貼り付けと同じ感覚で行うことができるなど使い勝手がよく,複数の職員が同時に作業に参加できるというメリットもあった.実際の入力作業では,同一データが多数あることが多いため,まずエクセルで文字情報を入力し,これをファイルメーカーに変換するという方法をとった.実は,ファイルメーカーで標本のデータベース管理をする方針を決定したことが,後日大きく幸いした.
佐賀県には当館以外に4つの文系博物館施設があり,当時その4館で収蔵品をインターネットで検索・閲覧できるSAGAデジタルミュージアムのシステムを構築中であった.当館は,県の直営ではなく県の財団による運営だったため,県直営の4館とは別枠でオラクルによる当館独自のシステムがすでに運用されていた.ところが,収蔵品管理システムのメンテナンス経費削減のため,当館もそのシステムに参加することが突然決まったのである.使いづらいオラクルから脱却するよい理由が与えられたのは幸いであったが,他館がすでに作業が進めている中に途中から参入する当館の作業は,多大な困難が予想された.ところが,SAGAデジタルミュージアムに使用する元データは,当館が手がけていたファイルメーカーにもとづくデータとすることに決まったため,遅れて事業に参加したため作業が難航するはずの当館が,もっとも早く作業を完成させることになったのである.
また,佐賀県の文化施設で自然史資料のほとんどを収蔵しているのは当館なので(ごく少数が県立博物館で収蔵されている),SAGAデジタルミュージアムの自然史資料検索システムやデザインにおいては,当館の意見が十分に反映されたものになった.県民にとって分かりやすい情報提供となるようキーワード検索だけでなく,クリック操作だけで閲覧可能な「アイコン検索」も設け,さらに画面上に画像を2枚貼り付け可能とした.このシステムは,2005年8月から運用されている.
ところで,このシステムの問題点としては,画像が必須であることである.標本画像の閲覧が可能であることは利用者にとってはメリットであるが,準備する側としては標本1点の公開のために画像データが必要なので多大な労力が必要となる.その結果,公開件数がなかなか増えないという状況にある.このため,画像と標本データを閲覧可能なモード(現状のもの)に加え,標本データのみを閲覧可能なモードをつくるように要望しているところであるが,実現には至っていない.
地球規模生物多様性情報機構(GBIF)にもとづく国内での取り組みも始まり,生物多様性に関する情報発信が本格化しつつある.当館のような地方の博物館施設においても,この事業へのすみやかな参加が可能なように標本のデータベース化作業を継続するとともに,この事業そのものの意義についても普及していく必要があると思われる.
公開シンポジウムのご案内
日本昆虫学会第67回大会事務局からの依頼により、下記の公開シンポジウムを第67回大会実行委員会と昆虫担当学芸員協議会が企画・共催することになりました。会員の皆様は積極的な参加をお願いします。
シンポジウムのテーマは「2050年の博物館」です。企画の段階から協議会のMLにおいて活発な提案と意見交換がありました。「博物館という装置をなくさないためには、もはや博物館だけががんばってもだめなので、昆虫学界全体として博物館の活用に取り組んで行こう、というあたりがメッセージかな...(神戸宣言?)」、「すべての博物館が「市場化テスト」と 「指定管理者制度」の荒波にもみくちゃにされている現状の中で,常に高い理想を忘れずに社会情勢との間に折り合いを付けていくことが非常に重要」、「『人を育てる(教育・後継者育成)』『住民参加』にスポットを当てるのはいかが」などです。最後の意見が有力でしたが、岡山大会とかなりテーマが重なることが欠点でした。そこで、博物館の全機能を対象として、最近の短期的な逆風をはね返す意味で、若いスピーカーに21世紀半ばの博物館像を模索してもらう方がよいだろうという意見が強く、今回のテーマが選ばれました。
このシンポジウムに引き続き、次の案内にあるとおり、本協議会総会も開催され、テーマも連続しています。そちらの方にもご参加ください。
記
会場:神戸市灘区六甲台町 神戸大学キャンパス
日本昆虫学会第67回大会 瀧川記念会館
日時:2007年9月17日(月祝)13:00〜15:30の2時間半
公開シンポジウム:「2050年の博物館」
1.博物館のつかい方、つかわれ方
―「2050年の博物館」序にかえて―
八木 剛(兵庫県立人と自然の博物館)
生物多様性保全がクローズアップされる現代、昆虫に関する標本資料や情報を蓄積、発信するゲートウェイとして、博物館が果たすべき役割はより高度化、多様化している。シンポジウム「2050年の博物館」は、博物館で仕事をする演者らが、現代の博物館は日々何をし、何をめざしているのかを具体的に語り、博物館の未来像をさぐろうとするものである。研究者諸兄には施設や機能の活用に、学生諸君には博物館への就職(?)に、大いに参考としていただきたい。
博物館の数はこの半世紀で3倍増となり、類似施設を含めると、図書館の2倍、コンビニエンスストア最大手「セブンイレブン」の半分ほどもある。次の半世紀は、たくさんできた博物館を「つかう」時代となるだろう。では、だれがどのように博物館を使い、博物館はだれにどのように使われようとしているのだろうか。最初に、大学研究室や地域コミュニティとのコラボレーション、行政支援、昆虫学界への人材供給など、兵庫県立人と自然の博物館での事例をいくつか挙げ、博物館利用者のひろがりを俯瞰しておく。
2.地方の博物館はどう歩むべきか
―カメラ付き携帯電話を使った住民参加型調査から―
川上 靖(鳥取県立博物館)
今、博物館は転換期にある。文科省は博物館法の改正に着手しており、2007年6月には「新しい時代の博物館制度の在り方」の報告が答申された。報告では博物館の役割として「生涯学習」の支援が明確化されており、標本を所蔵していない施設でも登録博物館に認定される時代が到来しそうである。「2050年の博物館」は誰のためのどのような施設となるのだろう? 鳥取県立博物館は、携帯電話やインターネットの普及した時代における住民参加型事業として『カメラ付き携帯電話でしらべる昆虫地理』を実施した。フキバッタを材料に、標本では消失してしまう「色」の地理変異を調べるという内容である。その成果は生物地理学的にも興味深いものであったが、携帯電話やネットが昆虫や自然への興味を喚起する「教育用ツール」となる可能性もみえてきた。近未来の自然系博物館、とくに地方では、昆虫(自然)に興味のない方々にどれだけ利用してもらえるかが重要になってくるであろう。標本の保存と研究も、一般住民の理解がないと認めてもらえなくなるかもしれない。本講演では、昆虫好き以外の方を博物館・昆虫館の利用者として取り込んでいく術についても考えてみたい。
3.昆虫の魅力を引き出し、
より分かりやすく伝えるために
野本康太(伊丹市昆虫館)
伊丹市昆虫館には年間約15万人の人々が訪れその年齢層や来館目的は多様である。来館者の約6割を占めるのが小学生以下の子どもたちだ。ムシキングや一代前の仮面ライダー等に見られた昆虫ブームの一方、子どもたちが学校園で昆虫について学び、ふれあうチャンスはごく限られている。例えば「脱皮や変態」という昆虫の不思議な一面をあらわす言葉さえ小学校の教科書には出てこない。ただ、だからといって自然や昆虫が少なくなった、そういうものに対する子どもの興味が薄れたというわけではない。昆虫の魅力を引き出し、よりわかりやすく伝えていくことは当館のような博物館施設の重要な役割の一つだと考える。2050年といえば今の子どもたちがその孫を連れて博物館に訪れる時代になるだろう。その時代に昆虫や自然について、どれだけの関心がもたれ、またその魅力を発見し体験できる場所や機会がどれだけあるだろうか?人々が虫や自然に興味を持ち、ふれあうきっかけをつくるため、当館で実践中の「あの手この手」を紹介し、皆さんと一緒に未来の昆虫展示について考えてみたい。
4.2050年の分類学と種分類
―自然史博物館の活動の枠組みの中において―
直海俊一郎(千葉県立中央博物館)
現在,「スタンダード」としての生物種のリストをインターネット上で公表し,それを生物学者が共有し,利用する枠組みについての議論がなされている一方,「何を種とみなすか」についての概念論レベルの議論も続いている.また,分子レベルのデータに基づく種分類群の区分けが,たとえばDNA分類学という枠組みのもとで取り組まれているが,他方では,多くの未知種が伝統的な手法のもとで記載されている.2050年の分類学はどうなっているだろうか.
本講演では,より良く対象生物を研究するために,(1)私たちは種をどのように理解すればよいかについて語り,続いて,(2)最近,様々な分野の研究で注目されている「個体群」の概念を紹介し,新たな枠組みにおける種と個体群の関係についても言及する.それらの議論を踏まえ,(3)自然史博物館の活動の一環として行われる分類学的研究は,近未来において,どうすれば地域の生物多様性の研究と保全・自然理解にとってより良い形で貢献できるかを論じる.
第16回昆虫担当学芸員協議会総会のご案内
今年も日本昆虫学会大会の小集会の形で総会を開催します。
今回の総会のテーマは特にありません。会場が異なりますが、公開シンポジウムの「2050年の博物館」の続編として位置づけています。
まず、文部科学省の研修制度「学芸員等在外派遣研修」に参加され、オランダのアムステルダム大学動物学博物館で研修された中村さんに、その模様を詳しく報告していただきます。昆虫標本が800万点以上ということで、日本の博物館とはかなり規模が違いますが、先進的な実例がたくさん聞けることと思います。
そして、昨年の総会のテーマであった「種情報データベースの構築と利用」の続編を話していただきます。積極的な参加をお願いします。終了後に恒例の懇親会を行う予定です。
記
会場:神戸市灘区六甲台町 神戸大学キャンパス
日本昆虫学会第67回大会C会場(Y103)
日時:2007年9月17日(月祝)16:00〜18:00の2時間
話題提供:
1.博物館のコレクションの管理と活用
−アムステルダム大学動物学博物館での研修から−
中村 剛之(栃木県博)
文部科学省の研修制度「学芸員等在外派遣研修」に参加し、オランダのアムステルダム大学動物学博物館(ZMA : Zo醇rlogisch Museum Amsterdam)においてコレクションの管理と利用に関する研修を受ける機会を得た。ZMAは資料数1300万点(昆虫標本800万点以上)を擁するオランダ屈指の動物学博物館である。5つの部門に分かれ、それぞれ数名〜20名の職員によって運営されているが、コレクションの管理に直接携わる職員は存外少なく、昆虫学部門であればコレクションマネージャー2名と数名の技師のみがこの任に当たっている。限られたスタッフによって膨大なコレクションが如何に管理・活用されているか、この点が今回の研修のテーマであった。
ZMAにおいても、資料の管理が地味で人手を消耗する作業であることに変わりはなく、その多くは名誉学芸員、館外の研究者、愛好家など多くのボランティアによって進められていた。スタッフは館外の研究者が研究や作業をしやすい環境づくりに気を配り、これらの研究者との間にしっかりとした協力関係が築かれていた。
ZMA昆虫部門におけるコレクションの管理・活用とボランティア研究者との協力関係について報告する。
2.「種情報データベースの構築と利用2」
アジア産農林害虫・有用昆虫の種情報の体系化・
ネットワーク化と分散検索システム2
多田内 修(九大・農・昆虫)・°金沢 至(大阪市自然博)
日本の昆虫は約3万種が記録されているが、その解明度は30%程度にすぎない
と言われている。このように膨大な種数を含む昆虫類については、その正確な同
定とともに種情報の集積と体系化、利用のためのネットワーク化が必要不可欠で
あると考えられる。
昨年の総会で、「種情報データベースの構築と利用」というタイトルの下に、
「アジア産農林害虫・有用昆虫の種情報の体系化・ネットワーク化と分散検索シ
ステム」(多田内修・金沢 至)、「種情報データベースとGBIF」(神保宇嗣・
伊藤元己・上田恭一郎)、「国立科学博物館におけるデータベースの構築」(友
国雅章・篠原明彦)、「佐賀県立宇宙科学館におけるデータベースの構築」(中
原正登)の四講演を得て、有意義な情報交換を行った。それらの情報から、昆虫
の種情報に関するXMLデータベースの仕様をまず検討する。続いて、本総会で懸
案となっている諸問題について意見交換を行う予定である。
昆虫担当学芸員協議会ニュース 16号 (2007年9月5日印刷・発行) 発行:昆虫担当学芸員協議会 事務局:大阪市立自然史博物館昆虫研究室(金沢 至,初宿成彦,松本吏樹郎) 〒546-0034 大阪市東住吉区長居公園1-23 TEL 06-6697-6221(代) FAX 06-6697-6225(代) E-Mail kana@mus-nh.city.osaka.jp 振替口座:00920-6-138616 昆虫担当学芸員協議会
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| 2008/9/12 | 3073 | |
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