昆虫担当学芸員協議会
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昆虫担当学芸員協議会ニュース

(詳細)
タイトル: 昆虫担当学芸員協議会ニュース13号
投稿者: kana
日付: 2004-9-10(金)
時刻: 00:00
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内容


昆虫担当学芸員協議会ニュース 13号


第12回昆虫担当学芸員協議会総会の報告


 本協議会の第12回総会が,東京農業大学厚木キャンパスにおける日本昆虫学会第63回大会F会場で2003年10月13日(月)15:45〜17:45に小集会の形で開催された.34名という多数の参加者を得て,活発な意見交換が行われた.

 話題提供は,臭化メチルの全廃により,緊急性の高い話題となっている薫蒸問題を中心に,博物館資料の管理方法をまず検討した.昆虫担当としては,昆虫資料の保存方法だけでなく,標本を食害する昆虫の専門家としても意見を求められることが多いと思われる.長年にわたり専門とされている斉藤明子氏(千葉県立中央博物館)のIPMに関する基調講演の後,民間業者の経験も豊富な中村剛之氏(栃木県立博物館)のお話を受けた.防虫剤として一般的であるナフタリンも使用禁止になる,という情報も飛び出し,一時は騒然となった.最後に新人の林成多氏(宍道湖自然館)に図書資料の活用・保存方法について話題提供していただいた.文化財関係者,歴史系博物館,美術館の担当者にとっても非常に参考になったと思われる.終了後は恒例の懇親会をいつものように行った.

 話題提供のテーマの決定,会場の手配,懇親会の準備などで斉藤明子氏(千葉県立中央博物館)と岸本年郎氏(自然環境研究センター)に誠にお世話になった.両氏にお礼申し上げる.

総会参加者(50音順)

  池崎善博(長崎市),上田恭一郎(北九州市立自然史・歴史博物館),長田勝(福井市自然史博物館),大原昌広(北大・総合博物館),金沢至(大阪市立自然史博物館),金杉隆雄(ぐんま昆虫の森建設室),金子順一郎(群馬県利根村自然史資料館整備準備室),岸本年郎(自然環境研究センター),木村史明(橿原市昆虫館),西城洋(大阪市立自然史博物館),斉藤明子(千葉県立中央博物館),澤田義弘(箕面公園昆虫館),四方圭一郎(飯田市美術博物館),篠原明彦(国立科学博物館),島田孝(隠岐自然館),初宿成彦(大阪市立自然史博物館),高桑正敏(神奈川県博),谷田光弘(八王子市役所環境保全課),富岡康浩(イカリ消毒),直海俊一郎(千葉県立中央博物館),永野昌博(新潟県松之山町森の学校),中原直子(自然環境研究センター),中村剛之(栃木県立博物館),根来尚(富山市科学文化センター),長谷川道明(豊橋市自然史博物館),林成多(ホシザキグリーン財団(宍道湖自然館)),樋口弘道,久松正樹(ミュージアムパーク茨城県自然博物館),桝永一宏(滋賀県立琵琶湖博物館).松本吏樹郎(大阪市立自然史博物館),三時輝久(山口県立山口博物館),宮野伸也(千葉県立中央博物館),矢田脩(九大比文),八尋克郎(滋賀県立琵琶湖博物館).




臭化メチルに替わる燻蒸法とIPM


斉籐 明子(千葉県立中央博物館)

 これまで燻蒸ガスとして一般的に使用されてきた臭化メチルが、2004年末で全廃されるのを受けて、代替ガスの開発が進められるのと同時に、ガス燻蒸のみに頼る管理に替わり、総合的害虫(有害生物)管理(IPM)を重視する考え方に移りつつある。そこで、文化財分野でのIPMとは何かについての紹介と、臭化メチルに替わる燻蒸法について簡単に述べる。さらに、中央博物館で平成8年度から行っている館内生物生息調査についても紹介する。

IPMとは?

 IPMとは、Integrated Pest Management総合的害虫(有害生物)管理の略である。簡単に言うと、有害生物(害虫やカビなど)と「戦いながらうまくつきあう」ということだろう。燻蒸による管理は、定期的に薬剤を使用して害虫など撲滅し、資料を安全に保存する環境を保つことである。被害が有っても無くてもとにかく燻蒸していれば安心、という感覚で燻蒸を行ってきた。しかし、自然環境だけでなく、収蔵庫で働く人、資料への燻蒸ガスの影響を重要視するようになり、有毒なガスを予防的に大量に使用する大規模燻蒸は許されない時代となった。このような中で取り入れられつつあるのがIPMの考え方である。では、実際に博物館職員は何をすればよいのだろうか。

IPMをはじめるにあたって その1

1.問題点の洗い出し

 館内点検、報告書・業務日誌の記録をたどる、聞き取り調査などにより、博物館の問題点の洗い出しを行う。

2.敵を知る

 「何」を「どんな生物」の「どんな害」から守るのか、をはっきりさせる。

IPMをはじめるにあたって その2

1.建物とその周囲の検討

 建物とその周囲の検討維持管理がきちんとなされているか
 穴などがきちんとシーリングされているか
 新規搬入物の隔離場所が確保されているか
 駆除をすみやかに行うスペースがあるか。

2.備品と設備の検討

 保存容器の構造は適当か
 収蔵状態が過密になってないか。

3.スタッフの活動とその仕事内容、方法についての検討

 清掃業務は十分に行われているか。
 適切な業者と適切な契約を結んでいるか。
 早期発見のためのモニタリングを行っているか。
 外部からの搬入物を隔離するルールは徹底しているか。
 部門間の調整がうまくいっているか。

実際にやること

1.施設の日常点検と清掃

 トラップなどを用いて施設内のモニタリング調査(生物生息調査など)を行い、害虫の侵入口となっている場所がないか点検する。日頃の清掃を徹底する。

2.資料の日常点

 目視、粘着トラップ、フェロモントラップなどを用いて、(生物生息調査など)資料に害虫などが発生していないか点検する。

3.管理体制の整備
4.被害歴の集積と整理
5.環境整備

清掃、温湿度の制御、防虫剤の使用。

被害を発見したら

1.初期対応

生物が資料自体に生息しているのか、建物や資材に生息しているのかをはっきりさせる。

2.同定と調査

生物を同定し、その生物の生態を知る。

3.処置

1) 日常の予防システムの改善
侵入経路を遮断する。
予防対策(防虫剤など)を徹底。
カビについては、温度・湿度の条件を改善する。

2) 薬剤を使用しない殺虫処理法(殺菌はできない、大規模な処理は無理)
(1)低酸素濃度処理
 長所:人体や環境、資料に安全、すべての材質に適用できる。
 短所:処理時間が長い、高度の気密性が必要とされるために大規模には無理。
(2)二酸化炭素処理
 長所:人体や環境、資料に安全、ガスが安価、気が楽、高度な気密性が要求されないので燻蒸用のテントが使用できる。
 短所:処理時間が長い、一部の顔料(鉛系顔料に変色例)に影響を及ぼす恐れがある、カミキリムシ幼虫は二酸化炭素への耐性が強いので不可
(3)低温処理
 長所:殺虫効果は高く人体・環境にも無害、博物館のスタッフ自らの手で行える。
 短所:急激な温湿度変化にさらされるため適用できる材質が限定される、ゴム、合成樹脂、アクリル、写真、象牙、漆製品などは適用できない。
(4)高温処理
 長所:きわめて即効性がある。
 短所:高温により軟化するワックスや樹脂が使用してあるものには使えない、材質への影響が大きいので一部の材質を除いて検討を要する。

3) 薬剤を使用する殺虫処理法
(1)燻蒸処理
酸化エチレン、フッ化スルフリル、ヨウ化メチル、酸化プロピレン等を使用。害虫の致死効果は最も高い。殺菌効果も期待できる。
(2)蒸散性薬剤 防虫剤
パラゾール、ナフタレン等。

千葉県立中央博物館における有害生物調査の実施例

 千葉県立中央博物館では、平成8年度より展示室および収蔵庫を中心に有害生物調査を行っている。当初は業者委託により実施していたが、予算削減をきっかけに職員が実施するようになった。

1.周辺環境および室内環境など

(1)周辺環境
 博物館の建物周辺には、博物館野外施設である「生態園」と「青葉の森公園」があり、比較的生物の数は多い。
(2)室内環境
 展示室は午前8時から午後5時まで空調運転。収蔵庫では4月から10月までは24時間運転、それ以外の時期は午前8時から午後5時まで運転。展示室は温湿度とも変化が大きく、資料にあまり良好とは言えない時期もある。収蔵庫は比較的安定していて、おおむね温度20?24℃、湿度50?60%であるが、冬季に40%近くまで下がる収蔵庫もある。
(3)燻蒸
 収蔵庫のみ毎年9月上旬にエキボン燻蒸(近年は殺虫濃度)を行っている。
(4)新規受け入れ資料の処理
 新規に受け入れた資料などは原則として燻蒸釜でエキボン(殺菌濃度)燻蒸(平成16年度よりエキヒューム)。一部の資料は温度処理(植物のさく葉標本60℃、キノコ55℃、地衣類40℃)。

2.調査方法

(1)調査区域
  保管部門  4,151u (1F 収蔵庫)
  展示部門  4,291u (2F 展示室)
  教育普及部門  633u (1F 講堂、研修室など)

(2)方法
 調査には合計176個の粘着式トラップを使用し、室内に生息する生物を捕獲した。個々のトラップは壁際、柱沿いなど生物の通り道となるような場所、あるいは扉のそば、など外部からの侵入口となり得るような場所に置いた。なお、設置した場所は毎回同じ場所とした。

 2週間設置したあと、各トラップ内に捕獲された生物の種類を同定し、個体数を数えた。種名までの同定が困難な場合が多かったが、資料に影響を与えると思われるものについては種名まで同定した。各部屋別に捕獲された生物名と個体数の集計表を作成した。

(3)実施期間
 年3回2週間ずつ設置した。各年度の実施期間は下記の通りである。第1回は館外での生物の発生数が最も多い時期(6月下旬から)とした。第2回は収蔵庫燻蒸の約2ヶ月後(11月下旬から)とした。第3回は春の生物の発生する時期(4月上旬から)とした。また、各年とも出来る限り同じ時期に実施した。

3.調査結果

(1)捕獲個体数について
・年度別の捕獲総個体数の推移に特別な特徴は現れていない(特に減少していない)。
・季節別個体数は、毎年第2回(6月下旬から7月中旬)が最も多い。
・目あるいは綱別個体数の割合は、毎年ハエ目の昆虫がもっとも多かった。

(2)これまでに捕獲されたことのある生物で資料あるいは人に対して問題があると思われる種類
 ジンサンシバンムシ(第5収蔵庫:地学)
 タバコシバンムシ(第1、第3収蔵庫:植物)
 コナチャタテ類(館内各所)
 ハマベアナタカラダニ(1階教育普及部門各所)
 ヒメマルカツオブシムシ(液浸収蔵庫)
 ベニモンチビカツオブシムシ(2階かかわり展示室)
 ハチノスツヅリガ(第5収蔵庫:昆虫)

上記の内、コナチャタテ類が出現頻度および個体数でもっとも多かった。大量に出現した際も、自然に減少した。この虫には、清掃をこまめに行う、湿度を下げるくらいしか手だてがない。

 シバンムシ類については、発見後フェロモントラップを複数仕掛けたが、大量発生の兆候は無かった。

4.考察

(1)収蔵庫
 個体数は非常に少数であるが毎回生物の生息が確認されている。モニタリングの結果から、これらの生物は収蔵庫内で発生したものではなく外部から侵入したものと考えられが、新しく収蔵する資料の収蔵前処理(燻蒸、温度処理)を心掛けているにもかかわらず、シバンムシ類、コナチャタテ類など資料に影響を与える害虫が少数ながら捕獲されている。
自然史資料の場合、収蔵庫内で頻繁に整理作業を行うため、生物の侵入はある程度やむを得ないことと考えるべきである。これらは収蔵庫内で繁殖する可能性もあるが、庫内の環境管理と職員の意識でかなり防ぐことが出来ると思う。

(2)展示室他
館外に生態園や公園があるため、館外からの侵入と思われる生物が多数捕獲された。特に1階の出入り口からと展示室の外部と通じる非常扉からの侵入が多かった。この部分からの侵入の防止は構造上難しいが、捕獲された種類の多くは乾燥した館内での繁殖は恐らく不可能と思われる。また、捕獲個体数の増減は、外部での発生数の季節的増減によるものと思われ、館内での発生はないと考えられた。

(3)その他
 この調査では職員の居室や実験室などは対象としていないが、居室で何回かタバコシバンムシの発生があった。これらの発生源は資料ではなくすべて人間の食べ物であった(ビスケット、麦茶)。収蔵庫だけでなく居室での注意も大切である。

主な参考文献

 木川りか・長屋菜津子・園田直子・日高真吾・Tom Strang (2003) 博物館・美術館・図書館等におけるIPM-その基本理念および導入手順についてー. 文化財保存修復学会誌, 47: 76-102.
 独立行政法人文化財研究所東京文化財研究所(編)(2001) 文化財害虫事典, 231 pp., (株)クバプロ.


屋内昆虫調査による防虫対策の検討と応用


栃木県立博物館 中村 剛之


 栃木県立博物館ではこれまで、年1回、臭化メチル+酸化エチレンによる全館あるいは部分的なガス燻蒸を行ってきましたが、建物への立ち入りを規制してまで行われる薬剤の大量使用は環境への悪影響が大きく、その上、このようにターゲットを絞らない害虫防除法が実際のところ有効に機能しているのかどうか、疑問に感じられるところもありました。

 この疑問を取り払うべく、5年前から総合的害虫管理(IPM)の考えを導入して、博物館内の昆虫調査を行い、その結果を防虫対策に応用してきました。筆者は博物館に勤務する以前、さまざまな工場や倉庫の害虫管理を行う企業に勤務したことがあり、この時の経験を活かし、この業務を担当しました。現在までのところ、良好な結果が得られています。当館で行っている屋内昆虫の調査方法と調査結果の分析方法、防虫対策への応用とその効果について紹介します。

1 屋内昆虫調査の方法

 有効な防虫対策を行うためには、敵を知ることが重要で、建物内の昆虫分布を調査します。この調査には各種食品害虫用のフェロモントラップと床置き型の粘着トラップを用いました。

 フェロモントラップ

 タバコシバンムシ、ジンサンシバンムシ、メイガ類などを対象にしたものが市販されています。当館の調査ではNew SERRICO(タバコシバンムシ用)とS. PANICEUM(ジンサンシバンムシ用、いずれも潟Wェイティアグリス)を各15個ずつ用いました。大変有効なトラップですが、少々高価なことと一部の害虫しか検知しないために2回の調査で使用をやめました。

 粘着トラップ

 床置き型のトラップです。ゴキブリ駆除用トラップのような餌や誘引剤は用いません。これは昆虫の分布を調べることが目的で、害虫の駆除を目的としたとラップの設置ではないためです。しばしばトラップをのぞいて「何も捕れていないじゃないか」という人がありますが、この指摘は的外れなものです。1個約100円と安価で、調査毎に95箇所に設置しています。

 トラップの設置場所は講堂、研修室、会議室、応接室、レストラン、空調機械室、ボイラー室などをのぞく、収蔵室、研究室、事務室、展示室、通路などで、周辺に虫の行き来を遮るものがない壁際を選びました。研究室や収蔵庫などでは各部屋に1〜7つ、通路や展示室では5〜15メートルに毎に1つ設置しました。

 設置期間は年ごとに異なり、燻蒸作業の一月ほど前の8〜14日間です。捕獲された虫の数についての考察は捕獲虫数を設置日数で割って行います。

2 調査結果の分析とその後の対応

捕獲された虫をトラップ毎に大まかに同定して記録し、博物館の平面図に落として分布図を作成します。この際、捕獲虫を進入経路や害虫としての重要性によっていくつかのグループに分け、別々に作成すると問題点が把握しやすく鮮明になります。実際には次の4つのグループに分けて結果を分析し対応を検討しました。

  飛来侵入昆虫...多くの双翅目,膜翅目,鱗翅目,半翅目など
  歩行侵入虫...ゲジ,ダンゴムシ,ゴミムシ,アリ、カマドウマなど
  屋内発生虫 (特に有害でないもの)...屋内性クモ類、ダニ類など
  文化財害虫 (博物館資料に有害なもの)...シバンムシ類、チャタテムシ類など

 飛来侵入昆虫と歩行侵入虫については人が出入りする以上は多少の侵入はやむをえません。また、博物館は開閉できる窓や出入り口が少なく、一般的な建物に比べてこうした虫の侵入数は少ないようです。当館の調査では職員、来館者の出入り口、荷受け室がおもな侵入口になっていました。屋外から侵入するこれらの虫の対策は侵入経路の遮断、捕殺が有効ですが、研究室、収蔵庫、展示室などこれらの虫が問題となる場所での捕獲数が少なかったため、特に対策は取りませんでした。

 文化財害虫以外の屋内発生虫として屋内性のクモ・ダニ類、チョウバエやショウジョウバエなどがあります。個体数が少なければ特に問題になりませんが、こうした虫の分布で清掃の行き届いていない場所を知ることができます。当館ではトイレや研究室でチョウバエ類、展示ケースなどを保管する倉庫でユウレイグモ類が捕獲されました。清掃をおこない、エアゾール型の家庭用殺虫剤や家庭用燻煙剤など簡単な薬剤処理で対応し、捕獲数は減少しています。

 文化財害虫は種ごと,捕獲場所ごとに発生源.発生原因の特定し、それぞれの性質に合わせて対応し,早期撲滅を図ることが寛容です。調査を開始した2000年は、個体数は少ないながらノシメマダラメイガ、アカクビホシカムシ、タバコシバンムシ、ジンサンシバンムシ、チャタテムシ類などが捕獲されました。意外な場所が発生源となることがあります。この時採集されたノシメマダラメイガは子供の体験学習で用いる石臼に付着した穀粉が発生源であり、研究室で捕獲されたタバコシバンムシは展翅板のコルクがおもな発生源でした。発生源を取り除いたり、一箇所に集めて燻蒸にかけるなどしたところ、同じ場所での発生はその後確認されなくなりました。チャタテムシ類は捕獲地点の清掃を行って乾燥させたほか、燻煙可能な部屋では家庭用燻煙剤を使用したところ、1日あたりの捕獲数を4年間で10分の1以下に下げることができました。

 今後、館内での文化財害虫の数がこのまま低く推移するとは限りませんが、年に一度の大がかりな燻蒸だけでは解決できなかった問題点の幾つかが明らかとなり、これらが改善されたことだけは確かなようです。

 トラップ調査には、密度の低い虫や発生源からほとんど離れない虫が検出されないなど多くの限界があります。他の職員からの情報を集めたり、窓枠や照明器具に溜まった虫の死骸を調査することで足りない部分を補うことも必要です。栃木県立博物館の昆虫分野では年に一回、3000箱以上ある全ての標本箱の状態確認を行っています。

3 館全体で取り組む防虫対策

 調査の結果を会議などで報告することによって、これまで防虫対策に関心を持っていなかった職員の防虫意識が向上することが期待されます。具体的には、@年一回の燻蒸だけでは防虫対策は不十分であること、A燻蒸対象区以外の防虫対策の必要性、B「清掃や整理整頓=防虫対策」という考え方、C虫ごとに防虫対策が異なることなどは一般の職員には思いも及ばぬことのようです。調査結果の報告によってIPMへの理解が深まれば、さまざまな対策が採りやすくなるほか、問題の早期発見にもつながります。

 また、防虫対策は予算が削減される一方で決して安くない費用を投じて行われるわけです。全てを業者任せにせず、博物館が独自のデータを持ち、業者と接することで、交渉や防虫対策の検討を巡る遣り取りにも気持ちよい緊張が生まれています。

 IPMの実施には文化財害虫と防除法の正しい知識が必要です。この点で昆虫担当学芸員こそが担当者として適任と考えられます。多忙な中さらに負担が増えるかも知れませんが、我々昆虫担当学芸員が自ら手を挙げて取り組むべき業務ではないでしょうか。


「白水隆文庫」の受入・保管と「続・日本産蝶類文献目録」の
発行について


林 成多(ホシザキグリーン財団)


 白水文庫は九州大学名誉教授の故・白水隆博士が長年に渡って収集した、主として蝶類に関わる書籍・雑誌類で、約10万冊、本棚に並べて300m分に達する文庫である。2003年2月よりホシザキ野生生物研究所が白水文庫を受入・保管することことになり、現在なお、整理を行っている最中である。雑誌類には、学会誌や同好会誌はもとより、高校の紀要やパンフレット、ニュースレターも含まれており、とりわけ第二次世界大戦直後の同好会誌は日本の昆虫学史を語る上で貴重である。一方、文庫には蝶類以外の文献も充実している。たとえば、筆者の専門である甲虫類についても雑誌類はもとより、著名な分類学者の別刷も多数あり、国内の文献についてはほとんど揃っているといってもいいだろう。

 この貴重な資料から蝶類に関わる文献を白水博士がていねいに拾いだしたものが有名な短冊形の白水隆蝶類カードである。1977年以前の文献については、「日本産蝶類文献目録」として1985年に北隆館から発刊され、その続編が「続・日本産蝶類文献目録」である。これには、1978?2000年までの日本産蝶類に関する全ての文献、約6万件がまとめられている。本書については、白水隆文庫刊行会により2003年7月に出版された。

 「続・日本産蝶類文献目録」についてであるが、実は筆者はそれほど深く関わっていたわけではない。筆者がホシザキグリーン財団に就職したときにはすでに初校の段階に入っていたからである。編集にあたっては、足立さんという情報整理担当の職員が中心になって作業を行った。彼女の話によれば、白水隆蝶類カードの入力は数が膨大なことと、チョウの専門家でない方に入力をお願いしたことにより、初校に至るまでにも相当の苦労があったそうである。初校についても、目録に出てくる著者の方に校正をお願いしたところ、抜けている文献の追加依頼も多数あり、できるだけ完全を目指そうということで、すべて追加した。著者名順に並べるため、著者の名前の読み仮名を全国の関係者にお願いして調べることもした。日本人の名前を確認するのは相当大変な作業であった。ほかにも大変な作業をいろいろやって出来たのが本目録である。

 あれだけの情報量のつまった本が1万円というのは大変お買い得である。しかし、その一方で情報量の多さは紙媒体だけでは生かし切れないのも事実である。文献目録は著者順であるがゆえ、著者名以外の情報から文献にたどり着くのは困難である。実際、筆者は校正をしながら、いくつかの興味深い文献のタイトルを見つけたが、著者を忘れたため、今となってはもうその文献を探すことはできなくなってしまった。それを解決するのは情報のデジタル化である。現在、文献目録のCD-ROM版を作成中である。これで、タイトルの情報から文献検索ができるようになるはずである。

 白水文庫の活用も今後の課題である。現在、蔵書目録を作成中であり、これで文庫の全容も明らかになる。入手や閲覧の難しい古い雑誌については、コピーサービスのようなニーズもあると予想されるが、現在のところ本財団の書庫には図書館としての機能はない。いずれにしても活用できるよう文庫の整備と体制の充実を目指したいと考えている。


NPO西日本自然史系博物館ネットワークの設立

初宿 成彦(大阪市立自然史博物館)
1.きっかけとなった環瀬戸ネットワーク

 2000年度と2001年度の2カ年,文部科学省の委嘱のもと,「環瀬戸内地域(中国・四国地方)自然史系博物館ネットワーク推進協議会」が組織された.これは九州など他の地域でも組織されていたのと同様,瀬戸内地域をとりまく自然史系博物館7館園(※1)を中心に,多数の関連館園・組織が加盟し,各館園を地域の中核とした事業の展開と,各館園にまたがる基盤的な事業を実施してきた(図1).



図1.環瀬戸内ネットワークのポスター


 事業に伴い,パンフレット,学習プログラム,視聴覚素材,巡回展示用標本などの製作,またインターネット自然誌GIS「いきものマップ」の作成などインターネットを通じて提供したプログラムが整備され,これらを通じ,のべ50,000人を超える市民および児童らが利用した.これらの具体的な成果については,環瀬戸内地域(中国・四国地方)自然史系博物館ネットワーク推進協議会(編),「地域の自然の情報拠点−自然史博物館 」(高陵社刊:96ページ)にまとめられているので,くわしくはそちらを参照されたい.

 しかし,これらの事業の有無に関わらず,自然史系博物館は人々が集い,地域の自然についての情報が収集・発信される拠点である.事業の終了時には,このネットワークで培った事業や連携を継承するだけでなく,さらに地域の博物館事業を活発にし,地域の人々に役立てるべく,ネットワークを組み,お互いに協力しあって活動を行っていこうという合意がなされた。当時の加盟以外の館園のほか,学芸員個人も参加可能な緩やかな連絡組織として広くよびかけ,「西日本自然史系博物館ネットワーク」をNPOとして設立することが決められた(高知県立牧野植物園,2003年3月5日,図2).同年9月10日には大阪市立自然史博物館において,法人の設立総会が開催され,発足した.翌年4月27日にはNPO法人としての認証も受けている.

(※1)加盟館は大阪市立自然史博物館,笠岡市立カブトガニ博物館,倉敷市立自然史博物館,高知県立牧野植物園,島根県立三瓶自然館,徳島県立博物館,兵庫県立人と自然の博物館)であるが,他に多数の関連館園・組織の協力を得た。



図2.西日本ネットワークの発起人会(高知)


2.活動展開の予定

西日本ネットワークには2003年末現在で,21館と52名の会員がある.今後,おもに以下の活動を行っていく予定である.

(1)環瀬戸内協議会の事業を継承.とくにインターネット自然誌GIS「いきものマップ」(※2)など.
(※2)「いきものマップ」は,各館の標本などの情報を使いやすく公開していくためのインターネット上の地図付きデータベース.自分の地域にいる鳥や昆虫について,過去の調査記録をホームページを扱う気軽さで地図上に表示させながら調べることができる(図3).

詳細はhttp://www.naturemuseum.net/webgis/ikimono_map.htmlをごらんください.



図3.いきものマップの1ページ


(2)館園間の共同事業.企画展・巡回展や教育用キットの評価,自然環境や博物館活動に関し,国や地方自治体,NPOなどと協力して展開していく.

(3)社会の様々な活動に関する連絡・助言・援助.この対象として,特定非営利活動推進法に示されている社会教育の推進を図る活動,学術・文化・芸術又はスポーツの振興を図る活動,環境の保全を図る活動のほか,まちづくりの推進を図る活動,国際交流の推進を図る活動,子どもの健全育成を図る活動,および,これらの活動を行なう団体の運営または活動がある.また,社会的認知,文部科学省の受け皿,あるいは環境省,国土交通省などの補助金も視野に入れた組織づくりを行うことを含んでいる.

3.西日本自然史系博物館ネットワーク設立記念シンポ「自然好きライフを楽しもう」

 2004年2月29日に奈良県橿原市の奈良県立橿原文化会館にて,西日本ネットワークの設立記念シンポが開かれた.(財)自然環境研究センターの千石正一氏や(株)海洋堂専務取締役の宮脇修一氏らを迎えた講演やパネルディスカッションなどもあり,約350名の参加者で大いに盛り上がった(図4).




図4.設立記念シンポ(奈良・橿原)


4.現在の活動

 上記シンポに引き続き,ネットワーク活動の第1弾として,博物館スタッフのための技術講習会が,奈良県川上村の「森と水の源流館」の協力を得て,2004年7月8・9日の両日にわたって行われた.この講習会は,野外観察に便利な樹脂封入標本の作製を習得するもので,兵庫県立人と自然の博物館の三橋弘宗研究員を中心として研修が行われ,スタッフを含めて約30人の参加があった.

 博物館の活動は多種多様なため,ネットワーク全体で行う事業の他に,同じ目的をもった人が集まったワーキンググループを主体とした活動も,その事業の中心にすえている.奈良県ではシンポジウムが開催された橿原市の同市昆虫館などが中心となって,「なら自然情報ネット」が組織された.これは奈良で活動する自然系の施設や市民団体相互の連携を図り,情報を共有し,地域の自然への意識を高めることを目的としている.その活動の一環として,本ネットワークのワーキンググループ事業も同館が担うことになった.

 なお,上述のとおり,本ネットワークは博物館施設はもちろん,個人による参加も可能(住所も西日本エリアでなくてもよい)なので,情報収集のチャンネルなどとして,たくさんの方々にご参加いただきたいと考えている.参加申込のほか,規約や定款などは,すべて以下のURLをご覧いただきたい.

西日本ネットワークhttp://www.naturemuseum.net/network/

 最後に,本稿を記すにあたり,ネットワーク事務局の波戸岡清峰・中条武司の両氏(大阪市立自然史博物館)から助言いただいた.御礼申し上げる.

第13回昆虫担当学芸員協議会総会のご案内

 今年も日本昆虫学会大会の小集会として,21世紀COE 「新・自然史科学創成」と共催の形で総会を開催します.

 今回の総会では,生物多様性研究と社会との接点が博物館に求められている中,それらをどのように実践していくか(してきたのか),ということを議論していただく場となればと願っております.実は,日本でのパラタクソノミストとは,地域の同好会や好事家である(あった),ということですが,それらの若い世代がいなくなりつつあり,それを次世代につないでいくシステムを,こちら(博物館など)が提供しなければならない時代になっているのではないでしょうか.自然を保護するにもその理解者がいない,という事態を少しでも良くするために,生物多様性学・分類学関係者は,理解者を増やすための何かをしなければならないのではと思っています.積極的な参加をお願いします.終了後に北大総合博物館の案内と恒例の懇親会を行う予定です(大原・金沢).


会場:札幌市北区北9条西9丁目 北海道大学キャンパス
 北大総合博物館知の交流コーナー(日本昆虫学会第64回大会M会場)
日時:2004年9月25日(土)17:30〜19:30の2時間
共催:21世紀COE 「新・自然史科学創成」

話題提供:「準自然分類学者(パラタクソノミスト)と博物館
−ボランティア活動と生物分類学−

1.パラタクソノミストに繋がるボランティア活動

      奥山 清市(伊丹市昆虫館)

 博物館運営において、もはやボランティア活動は無視できない存在となってきている。近年開設された博物館などで、オープン前にも関わらず既にボランティアの組織化がおこなわれている事は、その典型的な例であろう。

 当館でも、様々な内容でボランティアを受け入れているが、最も成果をあげているのは夏期特別展のフロアスタッフ活動である。来館者を対象にした、昆虫生体および標本の観察補助や参加体験型展示の操作補助、簡単な質疑応答が主な業務であり、現在15名ほどが登録している。募集にあたっては特に専門知識を要求しなかった事もあり、活動開始当初は昆虫に関する基礎知識からレクチャーする必要があった。しかし現在、このフロアスタッフ活動がきっかけになり、自然や昆虫の魅力に"目覚め(本人たちの言葉)"、昆虫館だけでなく近隣地域の調査活動にも積極的に参加し、活躍するようになってきている。

 実際にフロアスタッフメンバーと接していて考えさせられたのは、我々が思っている以上に、研究や調査または博物館に対する、一般の方々の感じる「敷居」は高いということである。パラタクソノミストという概念にとって「人の養成」は必要不可欠なものである以上、このような「敷居」を排除し、一般の方から、広く将来的なパラタクソノミストを募ることは重要な意味を持つ。そして、パラタクソノミストの養成において、まずは非専門的な活動で経験を積み自信をつけるという課程は有効であろう。

 今回の事例報告では、当館におけるボランティア活動の実際を紹介し、その中から将来的にパラタクソノミスト養成に繋がる可能性を考察したい。


2.有名採集地の昆虫館と地域の活動―丸瀬布の場合―
     喜田 和孝(丸瀬布町昆虫生態館)

 道東の雄大な自然に囲まれた丸瀬布町は、古くから昆虫採集の好ポイントとして有名である。これまで多くの採集地で採集者と地元との深刻な軋轢が生じてきたが、当町では逆に昆虫を活かした町づくりが行われている。

 昭和58年に町の有志らで結成した「丸瀬布町昆虫同好会」は、ボランティアにより「昆虫の家」を運営し、生きた昆虫と触れ合える手作りの施設として内外から高い評価を受けた。その長年の活動が認められる形で現在の昆虫生態館が完成するに至った。

 また、施設が整うことにより、分類学者などの専門家も訪れるようになり、専門家―昆虫館―地元同好会―町民、という昆虫調査の流れが出来つつある。その結果、昆虫調査から地域の自然意識の向上、さらにはエコツーリズムなど観光への道さえ開けようとしている。

 わずか人口2200人の町がいかにしてそのような道を進めたのか?その歴史を紐解きながら、地域の人々の活動を紹介し、今後の展望を述べたい。

3.パラタクソノミストが貢献する生物多様性研究、生物分類学、そして環境保全
大原 昌宏(北大・総合博物館)

 地域博物館の使命として、博物館の所在する地域の自然環境の把握がある。地域自然環境の評価には、その生物多様性を知る必要があり、それは環境を保全する際の基本的な情報である。採集された標本を正しく同定し種名リスト(インべントリー)を作ることで、生物多様性は全容をあらわにする。この作業は、学芸員と分類学者(タクソノミスト)のネットワークがうまく機能することで、より正確なものとなる。

 実際の問題として、しはしば、採集された標本は膨大となり、学芸員、分類学者の手におえなくなり、生物多様性研究と環境保全は遅滞し御座成りとなる。しかし環境保全は急務であり、それを補う人材が必要である。

 準自然分類学者(パラタクソノミスト)とは、自然史系学術標本を正しく同定し整理する能力を有する人である。博物館や環境調査関係者は、パラタクソノミストのサポートを受けて、インベントリー作成と環境保全対策を円滑に進めることができる。また博物館は地域のパラタクソノミストを養成することで、その地域の自然環境の解明を促進させ、保全への理解を啓蒙できる。パラタクソノミストは、ボランティア活動としても、専門的職種としても存在しうる、博物館や自然環境調査には欠かせない人材となるであろう。

 本講演では、北大総合博物館/21世紀COE「新・自然史科学創成」で始めた「パラタクソノミスト養成講座」とその意義について紹介する。


昆虫担当学芸員協議会ニュース 13号 (2004年9月10日印刷・発行)

発行:昆虫担当学芸員協議会
事務局:大阪市立自然史博物館昆虫研究室
      (金沢 至,初宿成彦,松本吏樹郎)
     〒546-0034 大阪市東住吉区長居公園1-23
     TEL 06-6697-6221(代) FAX 06-6697-6225(代)
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