昆虫担当学芸員協議会
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昆虫担当学芸員協議会ニュース

(詳細)
タイトル: 昆虫担当学芸員協議会ニュース14号
投稿者: kana
日付: 2005-9-18(日)
時刻: 00:00
閲覧数: 15796
内容

ニュース14号のpdfファイルを添付します.本文は次のようです.

第13回昆虫担当学芸員協議会総会の報告

 本協議会の第13回総会が,北海道大学における日本昆虫学会第64回大会M会場(北大総合博物館知の交流コーナー)で2004年9月25日(土)17:30〜19:30に小集会の形で開催された.この総会は,21世紀COE「新・自然史科学創成」との共催ということで,45名という多数の参加者を得て,活発な意見交換が行われた.
 話題提供は,「準自然分類学者(パラタクソノミスト)と博物館−ボランティア活動と生物分類学−」というテーマの下に,3名の方にお話をしていただいた.これは,生物多様性研究と社会との接点が博物館に求められている中,それらをどのように実践していくか,ということを議論したい,という大原昌広氏(北大総合博物館)の提案で実現した.
 トップバッターの奥山清市氏(伊丹市昆虫館)は,同館で行われている「フロアスタッフ活動」を例に,ボランティア募集が結果としてパラタクソノミストへの養成に繋がることを主張した.二番手の喜田和孝氏(丸瀬布町昆虫生態館)は,自然の豊富な丸瀬布町における「人づくり」に関する様々な取り組みについて紹介した.目的は昆虫を活用した観光だが,「町づくりは人づくり」をスローガンに活動しており,「昆虫を通した人づくりを支援していくことが重要で、その一つに昆虫調査が位置づけられ」るとのこと.最後に,大原氏の総括があった.21世紀COE「新・自然史科学創成」における実践を例に,地域の生物多様性研究と環境保全のために,多様性の高い昆虫類においては,パラタクソノミストの養成が急務であることをうったえた.
 アジアに限らず,世界的にみても,日本の昆虫研究家の質量は圧倒的であったが,最近では高齢化が進み,先細りの感がいなめない.分類学を担う大学の研究室も減り,欧米に比較して弱体であった日本の博物館へ人材を供給することも難しくなっており,その博物館も経済的な基盤を確立できていない現状がある.このような逆風の中で,パラタクソノミストと呼ばれる人材を増やす努力が必要であることが,参加者の間には共有できたのではないだろうか.各話題提供者の報告を収録したので,詳細についてはそれらを参照してほしい.
 終了後には北大総合博物館を大原氏により案内いただき,恒例の懇親会を札幌駅パセオ地上西街で行った.
 話題提供のテーマの決定,会場の手配,懇親会の準備などで大原氏と小西和彦氏(農環研)に誠にお世話になった.両氏にお礼申し上げる.

総会参加者(50音順)
 市田忠夫(青森農林総研),上田恭一郎(北九州市立自然史・歴史博物館),大原賢二(徳島県立博),大原昌広(北大総合博物館),奥寺 繁(埼玉大学),尾崎光彦(横浜国立大学院植生),香川清彦(宇都宮大学),影沢信彦((株)地球環境計画),加藤敏行(北見市),金沢 至(大阪市立自然史博物館),金杉隆雄(ぐんま昆虫の森建設室),金子順一郎(群馬県利根村自然史資料館整備準備室),川上 靖(鳥取県立博物館),喜田和孝(丸瀬布町昆虫生態館),倉西良一(千葉県立中央博物館),工藤康裕(札幌市),斎藤和範(道立旭川高看),佐藤直美(新潟市),沢田佳久(兵庫県博),澤田義弘(北大総合博物館),島田孝(隠岐自然館),初宿成彦(大阪市立自然史博物館),杉本雅志(那覇市),巣瀬 司(しらさぎ記念自然史博物館),立田晴記(国立環境研究所),刀禰浩一(札幌西高校),中村剛之(栃木県立博物館),西川 勝(徳島県),林成多(ホシザキグリーン財団),樋口弘道(栃木県立博物館),樋口敏幸(九大農昆虫),久松正樹(ミュージアムパーク茨城県自然博物館),広永輝彦(北大院農),福田真也(江別市),堀 繁久(北海道開拓記念館),松本吏樹郎(大阪市立自然史博物館),間野隆裕(豊田市矢作川研究所),宮武頼夫(橿原市昆虫館友の会),百野直実(広島市森林公園こんちゅう館),矢田脩(九大比文),八尋克郎(滋賀県立琵琶湖博物館),山鹿百合子(美幌博物館),山本亜生(小樽市博物館),山本博子(堺市),吉田健二(吉川市).

パラタクソノミストに繋がるボランティア活動
     奥山 清市(伊丹市昆虫館)

 博物館運営において,もはやボランティア活動は無視できない存在となっており,当館でも実際に5年前からボランティアスタッフの受入をおこなっている。昆虫館でのボランティア活動というと,標本の作製や整理業務をイメージされる方が多いと思う。しかし,当館は「楽しい」「わかりやすい」「体験できる」自然史系チルドレンズ・ミュージアムを標榜しており,来館者層も小学生とその保護者が中心であるため,いわゆる「専門的」なものに縛られない様々な内容でボランティアスタッフを受け入れている。その中で最も実績があり成果をあげているのは,夏期特別展のフロアスタッフ活動である。フロアスタッフとは,フロアすなわち展示室に常駐し,来館者を対象に展示解説や標本および昆虫生体の観察補助,体験型展示の操作補助,簡単な質疑応答等を業務とするボランティアスタッフのことで,当館では2004年現在で約20名が登録している。募集にあたっては,特に専門知識は要求せず,市の広報誌等で「昆虫を介し子どもたちに接してみたい方」といった文面で募集したためか,昆虫の形態や生態,扱い方について知らない方も多く,基礎的な知識からレクチャーする必要があった。しかしフロアスタッフの中から,活動を続けているうちに自然や昆虫の魅力に“目覚め”,当館の友の会活動に参加して,近隣地域の調査活動にも積極的に活動するようになった方が出てきているのである。これは本当に嬉しいことである。
 私が,フロアスタッフの募集や研修に関わり,実際にスタッフと密に接しているうちに考えさせられたことは,研究や調査そして博物館という存在について,「高い敷居」を感じ,自分たちにとって「無縁」な存在だと感じている一般の方がいかに多いかということである。そして同時に,博物館とは「無縁」で専門的な調査活動は自分たちには「無理」だと勝手に判断しておられる方の中にも,自分たちですら認識していないような,自然や環境に対する潜在的な「興味」や「能力」を持っている方が数多く存在しているのではないか、という思いを強くした。
 パラタクソノミストを養成し,地域の自然環境に関するデータを広く収集していくことは,今後の地域自然史博物館にとって重要に業務になると思われるが、一朝一夕には人材を募り養成することは不可能である。しかし,我々のフロアスタッフ活動を例にするように,まずは専門知識を必要とせず,敷居の低い(と一般の方が感じる)活動内容でのボランティアを募集し,活動の実績が自信となったスタッフに次のステップとして,徐々に専門的な活動を提示して行くことが,結果としてパラタクソノミストへの養成に繋がり,地域の自然研究に貢献してもらえるのではないかと私は考えている。

有名採集地の昆虫館と地域の活動〜丸瀬布の場合
     喜田 和孝(丸瀬布町昆虫生態館)

 丸瀬布町は北海道の北東部、網走支庁管内の山奥にある97%森林の町で、面積510平方キロ、人口は2000人ちょっとの過疎・高齢化の町です(平成17年10月合併予定)。
 なぜここに昆虫館が出来たのか?昔からの虫屋さんならよくご存知だと思いますが、わが町は古く(昭和38年)から昆虫調査が行われ、「オオイチモンジ」を中心に多くの昆虫がいる有名採集地です。有名ポイントというとお決まりなのが採集者との軋轢ですが、それがあまり感じられないのがわが町のよさです。その背景には、遠来の愛好家(多くは学生など金のない連中)を暖かく迎えた町民性(要はお客さんが来るのがうれしい)、採集圧をあまり感じさせない懐の深い自然、青山・片桐先生らの教え子たちによる町民自らによる昆虫調査(当時の男子生徒はほとんど全員昆虫少年だった!→伝説の黄金時代)などがあるようです(要は虫屋がいっぱいなので、トラブルなどは全部個別に話して解決)。
その後、そんな「昆虫の里」から町おこしへという運動が起きます。商店街の活性化にホタルを養殖していた人たち、大人になった昆虫少年たち、生き物を飼うのが好きでたまらない人たち、そして町おこしに協力したい人たちが集まり、昆虫を活かして町おこしをしよう!と丸瀬布町昆虫同好会(昭和58年)を結成します。そして町の観光施設「いこいの森」の向かいにあった空き家を手作りで改造し、昭和60年から「昆虫の家」をオープンさせます。
昆虫にこだわらずさまざまな小さな生き物を展示し、休日などはボランティアで解説を行う「生き物とのふれあい」「人と人とのふれあい」の活動は各方面で賞賛を浴び、環境庁(当時)「ふるさといきものの里100選」に選ばれ、現在の昆虫生態館が出来るきっかけになりました。その後一連のボランティア活動が自治大臣「地域づくり団体」表彰を受けることも出来ました。
 そんな経緯の昆虫館ですから、求められる役割の大きなものは昆虫を活かした観光なのですが、忘れてはいけないのが昆虫を活かした町づくりの理念を継承・発展させることです。昆虫同好会でも「町づくりは人づくり」をスローガンに活動してきていますので、昆虫を通した人づくりを支援していくことが重要で、その一つに昆虫調査が位置づけられます。
 昆虫館を取り巻く昆虫調査の流れは図1のようにさまざまですが、大まかに次の2つがあります。

・専門家から地域へ
 分類学者・スゴイ虫→研究テーマ、採集法など→昆虫館→昆虫同好会など
・地域から専門家へ
 昆虫同好会など→環境・ポイント情報→昆虫館→採集品→分類学者・スゴイ虫屋→研究成果を地域住民へフィードバック

 こういった昆虫調査がどう町づくりにつながるかと言いますと、一般の町民に対しては、
・めずらしい昆虫の発見→愛好家の相次ぐ訪問→丸瀬布ってじつはすごいの?→昆虫を通してふるさとの価値を再認識
という流れがありますし、また昆虫好きにとっても、普通の人→虫屋へ→パラタクソノミストへ?・・・まあそこまで行かなくても虫を通して自然を見る人を増やしていけるのではないかという明るい展望が見えてきますし、もちろん自らのステップアップや交流の輪を広げていくことも出来ます。現在試験的に取り組んでいる活動に、「地域図鑑作り」があります。特に道東のような特殊地域では本州中心の図鑑では扱いにくく、10種前後のものを見分けるのに巨大な図鑑を持ち歩くのは現実的ではありません。そこで、図のような流れでサポート団体と協力し、地域限定、グループも限定(バッタのみ、とか)の小さな見分け方シートを作っています。屈指のフィールドと町民性に恵まれた「昆虫の里」として、いつまでも楽しめる町としてがんばっていこうと思っています。皆さんのご協力・ご指導をこれからもよろしくお願いします。

パラタクソノミストが貢献する 生物多様性研究、生物分類学、そして環境保全
     大原 昌宏(北大総合博物館)

 北大総合博物館/21世紀COE「新・自然史科学創成」では、2004年度から「パラタクソノミスト養成講座」を始めた。講演では、養成講座を新たに設置した意義とその背景について紹介した。内容は、(1)博物館の所在する地域の自然環境の把握、(2)膨大な生物標本コレクションの管理と生物多様性研究、(3)パラタクソノミストの必要性、の3つである。

(1)博物館の所在する地域の自然環境の把握
地域博物館の使命の一つとして、所在する地域の自然環境の把握がある。地域の生物を採集し、標本として保管し、分布状況などを記録する。多くの昆虫担当学芸員が日頃行ってきていることである。これらの活動により、地域の生物インベントリーが完備し、過去の環境変遷などの証拠が標本として博物館収蔵庫に保管されることになる。種名リスト(インべントリー)は、そのまま「地域自然環境の評価」としてみることができる。しかし、多くの昆虫担当学芸員の場合、節足動物を扱うため、その標本数は膨大で分類群は広範囲に渡る。上記の活動をスムーズに進めるには、学芸員と分類学者(タクソノミスト)のネットワークが必要となり、それらに携わる人を増やす必要がある。

(2)膨大な生物標本コレクションの管理と生物多様性研究
定量採集調査としてトラップなどで採集される標本は、膨大な数になる。例として、マレーシアで2週間設置したFIT(Flight Intercept Trap: 衝突板トラップ)30機には、エンマムシ科だけで約6000匹が採集されていた。甲虫全体では6万匹に達すると思われる(丸山宗利氏私信)。ソーティング、ピンニング、ラベリングなどを経て、分類(同定)が行なえる標本になるまでには、気の遠くなるような作業が必要であり、とても学芸員、分類学者の手におえるものではない。インベントリーが行えなければ、地域の生物多様性研究と環境保全は遅滞し御座成りとなる。しかし、環境保全は急務であり、それを補う人材が必要となる? さらに最近、生物系標本は、生物多様性研究の重要性が認められるにつれ、その価値を増してきていると思われる。(1)過去の標本情報の蓄積は、環境変遷の証拠となる、(2)データベースによる標本情報の公開と共用性が高まり、国際貢献(分担)GBIFが始まった、(3)保存標本からのDNA抽出が可能とな
った、の3点は特にここ数年の動きである。

(3)パラタクソノミストの必要性
準自然分類学者(パラタクソノミスト)とは、自然史系学術標本を正しく同定し整理する能力を有する人である。すでに膨大に集められた標本群は、世界中の博物館に、未研究の生物標本として眠っている。これらの標本は整理がなされていなければ利用はできない。最近はデータベースによる標本情報の整理は当然のこととなってきた。インターネットによる情報の公開も責務であろう。こららの作業を補うのがパラタクソノミストである。
 パラタクソノミストは、Janzen et al.(1993)が提唱したもので、南米における自然環境保全と現地雇用の両方を支えるシステムとして注目された。その後、教育面にも影響を与え、米国では大学や博物館でパラタクソノミストのトレーニングコースが開かれるようになった。日本でも、DIWPA/IBOYに関連したコースが国内外で開かれている。日本におけるパラタクソノミストの位置づけは、未定である。南米のように雇用者として扱われることは難しいであろう。日本の社会にあった独自の位置づけが必要であろう。
 日本での潜在的な 生物系標本の作製者の集まりとして、地域同好会(昆虫同好会/植物同好会)、博物館友の会のメンバー、高校・中学の生物部などがあげられる。しかし、これらの地域活動の衰退は「理科離れ」という現象をおこしている。博物館をコアとした活動を活性化させて「理科好き」を増やしたいものである。

北大21世紀COE「新・自然史科学創成」のポスターから:
 準自然分類学者(パラタクソノミスト)は、自然史系学術標本・サンプルを正しく同定し整理する能力を有する者で、博物館や環境調査・教育において必要とされる人材です。
 準自然分類学者は、生物学分野では、分類学(タクソノミー)、生物多様性研究、環境アセスメント、環境教育の専門家をサポートします。地球惑星分野では、岩石学、鉱物学、鉱床学、古生物学の専門家をサポートします。

引用文献
・Janzen, D.H., Hallwachs, W., Jimenez, H. and G?mez, R., 1993. The role of the    parataxonomists, inventory managers, and taxonomists in Costa Rica's National Biodiversity Inverntory. 223 - 254 pp. In: Ried, W.V., Laird, S.A., Meyer, C.A., G?mez, R., Sttenfeld A., Janzen D.H., Gollin,
・M.A. and Juma, C., 1993. Biodiversity prospecting: Using genetic resources for sustainable development.


関連ホームページ
http://nature.sci.hokudai.ac.jp/taxonomy/(北大COEのサイト)
http://www.museum.hokudai.ac.jp/activity/seminar/2004/seminar72.html(北大総合博物館セミナーのサイト)
http://ethol.zool.kyoto-u.ac.jp/coe/event/2004daipa.html(DIWPA/IBOYのサイト)
http://www.entu.cas.cz/png/parataxoweb.htm (ニューギニアのサイト)
http://www.eeb.uconn.edu/courses/Eeb252/eeb252su00/home.html(アメリカの実際の昆虫フィ−ルドコースの例)


ゴケグモ属の分布拡大
―ゴケグモ属侵入発見から10年がたって―
     清水裕行・金沢 至・西川喜朗(大阪市立自然史博物館友の会)

1.はじめに
 1995年9月11日に,大府高石市高砂の埋め立て地内の工場敷地内で,竹田吉郎氏(大阪市立自然史博物館友の会会員)が,背中に赤い帯のある,見なれないクモ一頭を捕獲して,金沢に連絡した.金沢があずかって調べたがよくわからず,当時友の会副会長の西川に同定依頼したことが発端で「毒グモ騒動」が起こった.その経過は詳しく本誌に報告した(西川・金沢,1995).あれからちょうど10年が経過した.一時,マスコミ報道が全く途絶え,セアカゴケグモはいなくなったかのように,一般に思われていたが,大阪府周辺では分布を拡大し続け,最近では普通種になった.そして,ハイイロゴケグモ,クロゴケグモ,ツヤクロゴケグモの侵入も確認された.
また,今年(2005年)6月に外来生物法(特定外来生物による生態系等に係わる被害の防止に関する法律)が施行され,ゴケグモ属の4種(セアカゴケグモ,ハイイロゴケグモ,クロゴケグモ,ジュウサンボシゴケグモ)が特定外来生物として指定された.その後,大阪市立自然史博物館の特別展「なにわのナチュラリスト―自然の達人たち―」(7月16日〜9月4日)において,ゴケグモ属の発見と分布について報告し,セアカゴケグモの生品展示も行った.ここではその詳細も報告し,分布の現状をリポートする.
分布資料作成に当たって,多数の新聞(全国紙・地方紙)はじめ関係同好会誌,学会誌を参考にした.分布図は昆虫情報処理研究会のINSBASEで作成した.その際に,津田滋氏作成の大阪府の詳細地図を使用した.
本報告にあたり,吉田政弘,桂孝次郎,冨永修,白木江都子,山本博子,加村隆英,池田勇介,小野展嗣,吉田 哉,津田 滋の各氏には,貴重な資料と分布情報の提供,をうけた,ここにあつく感謝するとともにお礼申し上げる。

2.日本で記録のあるゴケグモ属の種類と分布
1)アカオビゴケグモ(ヤエヤマゴケグモ)Latrodectus elegans
沖縄の石垣島,西表島からのセアカゴケグモの記録(Keegan et al,1964 )は,アカオビゴケグモ(Latrodectus elegans)であった。ヤエヤマゴケグモの和名がつかわれたことのある種で,石垣島,西表島,波照間島から発見されている(谷川,2003).
セアカゴケグモに似ているが,腹部背面の赤色はあざやかで幅広く不の字型である。八木沼(1986)のセアカゴケグモは本種である。ミャンマー,ベトナム,台湾から記録がある。在来種とされているので,特定外来生物に指定されていないが,比較的古い時期に侵入したものかもしれない.
確認された都道府県:沖縄県(波照間島・石垣島・西表島).

2)セアカゴケグモ Latrodectus hasseltii
 オーストラリア,ニュージーランドから,インド,ビルマにかけた暖地から記録がある(Levi, 1959).
 日本における年度ごとの確認場所は次のようである.
 1995年:9月11日に捕獲されたメスは,液浸標本にされたが,同定は困難であった.ふたたび,竹田氏により捕獲された♀幼生が10月19日に脱皮して成体となり,翌日に西川はセアカゴケグモと同定された。それで,11月19日に, 10名で調査を行い,同工場の敷地内と,高石市千代田の墓地の墓石の間から,多数の個体が発見された。騒動の数日後, 11月28日には,三重県四日市南霞ヶ浦ふ頭からも多数の個体が発見された。そして年内には,大阪府下の11市2町からと三重県四日市から確認された。大阪府の内陸部では富田林市の宅地造成地から30頭と,大阪市,東大阪市,八尾市からは1頭ずつが発見された。
 1996年:大阪府で発見された地域は15市4町となった。和歌山県では11月に和歌山市で1頭が発見されている。
 1997年:兵庫県では,西宮市で1頭が,2000年10月には,西宮市の人工島で成体751頭が発見・駆除された。同年11月には神戸市(184頭)と芦屋市(120頭)でも確認された。
 1999年:和歌山市の別の2ヶ所からも発見されている。
 2000年:10月には,西宮市の人工島で成体751頭が発見・駆除された。11月には神戸市(184頭)と芦屋市(120頭)でも確認された。10月20日〜2004年12月までに,山口県岩国市の米軍海兵隊基地内で,クロゴケグモが発見・駆除され,セアカゴケグモ(成体4頭)とハイイロゴケグモ(成体41頭)も基地内で駆除されていた。
 2001年:新たに内陸部の神戸市西区の新興住宅地で,約1,500頭(推計)が発見・駆除された。
 2003年:2月には,大阪府三島郡島本町の淀川河川敷の公園から多数が発見され,府下での発見地は21市8町となった。奈良県では,8月から11月に香芝市をはじめ,4市2町で発見された。和歌山県でも橋本市と岩出町で発見された。
 2005年:兵庫県淡路市の3地点で見つかっていたことが判明.8月,群馬県高崎市・愛知県常滑市・奈良県奈良市で発見された.
 確認された都道府県:群馬県(高崎市),愛知県(常滑市),三重県(四日市市・桑名市・川越町),大阪府(大阪市・堺市・岸和田市・吹田市・泉大津市・貝塚市・八尾市・泉佐野市・富田林市・河内長野市・松原市・大東市・和泉市・羽曳野市・高石市・藤井寺市・東大阪市・泉南市・四条畷市・阪南市・大阪狭山市・島本町・忠岡町・熊取町・田尻町・太子町・河南町),兵庫県(神戸市・尼崎市・西宮市・芦屋市・淡路島),奈良県(奈良市・大和高田市・橿原市・五條市・生駒市・香芝市・上牧町・大淀町),和歌山県(和歌山市・橋本市・岩出町),山口県(岩国市),沖縄県(浦添市).

3)ハイイロゴケグモLatrodectus geometricus
 本種は世界中の亜熱帯,熱帯地域に広く生息している。生息環境はセアカゴケグモとほとんど同様である.
1995年11月27日に,神奈川県横浜市臨海部の本牧(ほんもく)公園ベンチの下などから発見され,12月14日にも多数発見されて報道された。いっぽう大阪府では,1995年12月10日と17日に,桂孝次郎氏らにより大阪市住之江区南港から約30頭が捕獲され(西川・桂,1996),その後は発見されていない。
 ゴケグモ類の生息調査は,吉田政弘氏によって精力的に行われ,東京都品川区,愛知県名古屋市,兵庫県神戸港,鹿児島市港,奄美大島港,沖縄県那覇市那覇空港はじめ,沖縄県内の多くの島のフェリー船発着場から生息が確認されている(吉田政弘,2001).
 確認された都道府県:東京都(品川区),神奈川県(横浜市),愛知県(名古屋市),大阪府(大阪市),兵庫県(神戸市),山口県(岩国市),福岡県(北九州市),鹿児島県(鹿児島市・溝辺町・奄美大島・喜界島・徳之島・沖永良部島・与論島),沖縄県(那覇市・浦添市・座間味島・渡嘉敷島・阿嘉島・粟国島・伊平屋島・伊是名島・宮古島・伊良部島・石垣島・西表島・竹富島・黒島・小浜島・与那国島).

4)クロゴケグモ Latrodectus mactans
 北アメリカ中部から南米に分布する。
 日本では,毒グモ騒動の頃に滋賀県山東町で1頭が発見された.その後2000年10月20日までに,山口県岩国市の米軍海兵隊基地内で,約60個体捕獲されていたことがわかった。以来,基地側から定期的に情報提供を受け地元の新聞に逐一報道されている。2004年12月現在で,駆除されたクロゴケグモの累計は成体4,084頭,幼体11,443頭に達した。この間にセアカゴケグモとハイイロゴケグモも基地内で駆除されていた。
 確認された都道府県:滋賀県(山東町),山口県(岩国市).

5)ツヤクロゴケグモ Latrodectus hesperus
 従来,クロゴケグモの亜種とされてきたが,最近では独立種として扱われている.北米大陸の西部に分布する(クロゴケグモは東部).
日本では群馬県高崎市などで発見されたとのことであるが,詳細は不明である.なお,吉田哉(2003)に"クロゴケグモが栃木県で発見"(p.45)との記述があるが,これは本種をさすようである(「栃木県」は「群馬県」の誤記).
 確認された都道府県:群馬県(高崎市).

3.外来生物法と展示
 6月の外来生物法の発効により,ゴケグモ属の4種(セアカゴケグモ,ハイイロゴケグモ,クロゴケグモ,ジュウサンボシゴケグモ)が特定外来生物として指定された.在来種と思われるアカオビゴケグモが除外され,日本では記録のないジュウサンボシゴケグモが指定された.今後の侵入・発見の可能性を考慮した処置と思われる.環境省のホームページによれば,特定外来生物に指定されると,「飼育,栽培,保管及び運搬することが原則禁止され」る.「研究目的などで、逃げ出さないように適正に管理する施設を持っているなど、特別な場合には許可され」る.他に禁止されていることとしては,「輸入」,「野外へ放つ、植える及びまくこと」,「許可を受けて飼養等する者が、飼養等する許可を持っていない者に対して譲渡し、引渡しなどをすること」(これには販売することも含まれる)などだ。特定外来生物を野外において捕まえた場合、持って帰ることは禁止されているがが(運搬することに該当)、その場ですぐに放すことは規制の対象とはならない(釣りでいう「キャッチアンドリリース」も規制対象とはならない).
 大阪市立自然史博物館友の会の設立50周年記念として開催された特別展「なにわのナチュラリスト―自然の達人たち―」において,友の会会員の活 動の代表的な例として,ゴケグモ属の発見を展示することになった.発見の経過と分布の現状について報告し,セアカゴケグモの生品展示も行った.今回リポートした分布の詳細は,その際に作成した分布図に基づき,その後に発見された中部国際空港などを加え,現時点で最新のものとした.
特定外来生物の飼育に関しては,研究目的や展示目的であれば,許可される場合があるので,展示前に環境省に申請を行った.申請書自体は環境大臣と農水大臣あてのものだが,環境省だけへの申請でかまわない.環境省の担当者に事前に相談して,環境省のHPから必要な書式をダウンロードして,必要な事項を入力して,飼育設備などの写真,図を付けて送付した.通常は1月くらいで許可がおりる.無事に許可がおりて,セアカゴケグモの雌雄の生品を展示することができた.もちろん説明ラベルには,「環境省の許可を得て」と記した.

4.分布拡大と対策
 日本への侵入の経路については,オーストラリア,ニュージーランドから,インド,ビルマにかけた暖地から記録があり,外国からの船舶が出入りする港湾部に多く発見されることから,船の積み荷などに付いてきた可能性が非常に高い。勝川(1998)によると,オーストラリア産,大阪府産,三重県産のセアカゴケグモで,「プライマ−を除く904bpの塩基配列はすべて一致した」としているが,その他のデータ不足のため,日本産とオーストラリア産の個体群が同一系統であるかどうかの判定は行われていない。
 また,オーストラリアの研究者によると,キャンベラの個体群の斑紋が大阪のものによく似ているというTV報道があった(西川・金沢,1996)が,侵入経路は不明である。多数発見された1995年の,3〜5年以上前に,日本に上陸していたと考えられる(西川・金沢,19996)。
10年前の発見当時,高石市の広範囲に分布したことから,駆除が難しいと予想した.10年経過して,予想通りになった.今後は,クロガケジグモやオオヒメグモのような普通種となっていくと思われる.すでに大阪府ではそういう状態である.一方,ほぼ同時に大阪市南港で発見されたハイイロゴケグモの個体群は,大阪市立自然史博物館友の会とクモ学会の会員有志の調査により,捕獲し尽くされたようで,その後の調査でも確認されていない.早期発見と徹底的な駆除が外来生物の侵入をくい止めた事例であろう.
ゴケグモ属のクモは,腹部腹面にツヅミ型の赤色の紋を持つ.今後も新たなゴケグモ属の種類が侵入する可能性があるので,この特徴は有効な識別形質と言えるだろう.生息環境はどの種類でも同様と思われ,日当たりのよい所で,多くの車や人の出入りがある駐車場の周り,特に側溝の鉄格子(グレーチング)や集水桝の蓋の裏側に多い.コンクリート製のブロックや野積みされた建築資材のすき間,廃タイヤの内側,用壁の水抜き穴などからも発見される.子グモがバルーニングにより移動するという事実はなく,建築資材に付着した巣がそのまま運ばれて,分布を拡げていると思われる.工事現場の撤収と運搬の際に,チェックを徹底する必要がある.
 「毒性が弱い」と報道されたこともあるが,そのような事実はなく,安心はできない.日本では年間30名近くハチ毒で死亡している.ハチ毒の毒性よりも弱いと思われるが,スズメバチのように普通な種類になれば,咬傷例も徐々に増え,アナフェラキシーショックにより重症におちいる可能性もある.アレルギー体質の方は,注意が必要である.西日本では,屋外の人工物を動かす際に軍手が必須であろう.咬まれたら,すぐ傷口を水洗いして,抗ヒスタミン剤をぬりこみ,そのクモを捕まえて,病院へ行ってほしい.博物館としては,抗毒血清がどの病院にあるか,調査しておいた方がよい.セアカゴケグモ抗毒素血清は、国内では,国立予防衛生研究所(TEL 03-5285-1111),三重県立総合医療センター(0593-45-2321),大阪府立病院(06-6692-1201),沖縄県立中部病院(098-973-4111)に備えてある.

5.おわりに
 日本のクモ学の権威でおられた八木沼健夫先生が亡くなられたのは,1995年夏であった.その1995年は,大阪市立自然史博物館友の会が大阪市立自然科学博物館後援会として発足してから,ちょうど40周年にあたる.その1995年9月にセアカゴケグモが友の会会員により発見され,八木沼先生が尽力することで建設・発展することができた大阪市立自然史博物館に持ち込まれ,弟子である西川が同定することで毒グモ騒動が勃発した.その10年後の友の会設立50周年の本年に,またセアカゴケグモが脚光を浴びつつあり,もう一人の弟子である清水がゴケグモ属の分布拡大を追っている.これらは全て八木沼先生のクモに対する情熱が影響した結果ではないか,と不思議な因縁を感じている.
今回報告した分布情報が最新のものと思われるが,清水が集めた新聞などの記事に基づいているので,誤りや見落としがあるかもしれない.もし,そういうことがあれば,著者らに教えてほしい.今後も分布拡大の経過を見つめていきたい.

参考文献
Forster, L., 1995. The behavioural ecology of Latrodectus  hasselti (Thorell), the Australian redback spider (Araneae: Theridiidae): a review. Records of the Western Austr. Mus., Suppl., (52): 13-24.
Levi, H. W. ,1959. The spider genus Latrodectus (Araneae, Theridiidae) . Trans. Amer. Microscop. Soc., 78: 5-43.
勝川千尋,1998.分子生物学的手法を用いたセアカゴケグモの分類の試み.セアカゴケグモの調査報告書,14-24.大阪府立公衆衛生研究所.
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夏原由博,1996.セアカゴケグモの生態と刺咬症.生活衛生,40(1):13-21.
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西川喜朗・金沢至,1995.毒グモ騒動顛末記.昆虫担当学芸員協議会ニュース,(5):6-11.
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西川喜朗・清水裕行,2005,日本におけるゴケグモ類の分布について.昆虫と自然,40(6):33-35.
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小野展嗣,2002. ゴケグモ類 日本からの発見. 国立科学博物館ニュース, (399) : 5-6.
大利昌久・新海栄一・池田明博,1996.日本へのゴケグモ類の侵入.Med. Entomol. Zool. 47(2):111-119.  )* )**
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吉田政弘,2001.侵入毒グモの分布拡大―特に沖縄,南西諸島におけるハイイロゴケグモの分布状況について.第13回日本環境動物昆虫学会年次大会発表要旨.

第14回昆虫担当学芸員協議会総会のご案内

 今年も日本昆虫学会大会の小集会の形で総会を開催します.
 今回の総会では,管理運営問題対策(=指定管理者制度対策)について話し合う計画です.地方自治法が改正され,244条の公的施設の管理が,これまでは公共団体や,公共団体が1/2以上出資する法人に限定されていましたが,株式会社を含む「指定管理者制度」に変更されました.この結果,議会の議決を経て,民間会社を含む「指定管理者」から選定することになります.これまでの管理委託制度は廃止され,現在,社会福祉協議会,事業団,公社・公団などに管理を委託している事業は,3年以内に,指定管理者制度に移行するか,直営に戻すかが迫られます.また,総務省の指導もあり,今後新設される「公の施設」は指定管理者制度を前提にされるとともに,現在直営の施設も指定管理者制度による管理代行が急速に広がると見られています.
 このような社会状況をふまえ,指定管理者制度に限らず,それぞれの博物館の管理運営の現状を共有し,どのようにしたら健全な博物館活動を維持していけるのかを探ります.積極的な参加をお願いします.終了後に恒例の懇親会を行う予定です.

      記
会場:岡山市 岡山大学教育開発センター
 日本昆虫学会第65回大会F会場
日時:2005年9月24日(土)17:30〜19:30の2時間

話題提供:「管理運営問題対策」

1.指定管理者制度への対応
   ―大阪市立自然史博物館の場合―
      松本吏樹郎(大阪市立自然史博物館)
 指定管理者制度の導入により,公の施設の管理運営の民間事業者やNPO法人への移行が進みつつある.「公の施設」には博物館も含まれており,現在の運営スタイルにかかわらず,多くの博物館で指定管理者制度の採用が検討・実施されている.指定管理者制度は「民間の能力を活用しつつ、住民サービスの向上を図るとともに、経費の節減等を図る」と謳っているものの,まだ実績は不明である.さらに博物館には社会的に果たすべき使命や役割があることから,単純に収支の面のみでは評価できず,また高い専門性が必要とされることから,本当にサービスの向上につながるのかなど,この制度を無条件に博物館に適用することは問題が多いと考えられる.
 大阪市が各施設の管理運営方針について検討をすすめるなかで,大阪市立自然史博物館では,博物館が本来の使命を安定して果せる体制とはどのようなものか模索している.全学芸員の参加のもとで普及教育,展示,研究,経営など様々な面で現状を分析し,課題を洗い出し,望ましい博物館像を明らかにし,それを実現するための短期的,中長期的目標の設定を行っている.これは第一に行政や市民に対して博物館の存在意義をアピールする材料であり,もし指定管理制度を考える場合には,真に適当な管理者を得るための材料ともなる.

2.広島市昆虫館における指定管理者制度への対応策
      坂本 充(広島市昆虫館)
 広島市昆虫館は、平成元年度に広島市経済局農林水産部によって整備された森林公園の中核をなす博物館相当施設である。演者が所属する?広島市農林業水産振興センターは、広島市との間に特命随意契約を交わすことにより、開館以来17年に亘ってその管理運営を遂行してきた。しかし、2005年5月に広島市が公表した「指定管理者制度導入等の基本方針」によって、「指定管理者の選定を公募とする施設」と決定された。広島市が擁する動植物公園を初めとする他の文化施設の多くが非公募の扱いを受けるなか、この決定は不可解と言わざるを得ないものであった。しかしながら本制度の導入は2003年末より演者らの知るところであり、結果として公募の扱いを免れることはできなかったものの、職員は職務の範囲内外においてさまざまな対応策を講じてきた。特に新規参入の事業者では実施が困難と予想される、地域の環境特性を活かした教育・普及啓発活動に積極的に関与してきた。活発な館外活動は、業務の実績や公的な貢献度を測る尺度を、来館者数という旧来の概念に固執するのではなく、施設の内外を問わず職員が対応した個人、団体を利用者としてみなす解釈によって支えられてきた。本講演では、指定管理者制度の導入に伴って発展的に展開しつつある館外おける教育・普及啓発活動の実状について報告する。

3.地方博物館の生き残り戦略
        奥島雄一(倉敷市自然史博)
 倉敷市では平成16年度から一部の施設について指定管理者制度の導入が始まった。これまで委託管理されていた施設のほとんどは指定管理者制度を適用する方針が示されており,それらの中には民族資料館や記念館などのように博物館的な役割をもつ施設も含まれている。これまで市直営で運営されてきた施設についても今後の運営方針が検討された。
 倉敷市立自然史博物館の場合,平成16年度時点において施設の管理運営方針について検討した結果,当面,倉敷市の直営で存続するとの方針になった。市直営での存続の理由となった地方博物館に求められる機能と性質について当館の場合を例に考えてみたい。
 自然史博物館を評価するポイントは,市民,行政,館職員それぞれの立場で異なってくる。皆が共通の理解を持って,自然史博物館の必要性を認識することが存続の道であると思う。そのために現場職員として,特に昆虫担当学芸員として何ができるのか? 当館で実施している特徴的と思われる事業について紹介し,成果や問題点について報告する。

4.山口県における指定管理者制度の導入状況について
      三時輝久(山口県博)
 山口県では、平成18年度までに制度導入を目指す検討が、16年度中に行われた。対象となったのは、185の県有施設(県営住宅以外の直営施設は1)である。その結果、直営として残る施設3、民間移管4、廃止3、残りはすべて指定管理者制度を導入することとなった。指定期間は5年が基準とされ、専門性が高いとされた埋蔵文化財センターなど29施設は単独指定、他は公募である、公募のうち、大半を占める県営住宅についてはすでに本年4月に移行された。
 山口県立山口博物館は幸いにも今回は対象とはならなかったが、今後の検討対象として県人事課が作成したと考えられる「公の施設一覧」にはしっかりリストアップされており、18年度以降も直営が続けられるだろうと安易に考えていられる状況にはない。また、老朽化した博物館の建て替えを長年要望し続けているが、ここでもPFI事業という新たな不安要素が生じている。当館では、現在「博物館らしく生き残る道」を模索中である。その取り組みを、近隣諸館の状況と合わせて報告する。

5.徳島県の文化施設への指定管理者導入の考え方
        大原賢二(徳島県立博物館)
 徳島県の指定管理者制度への動向は,特に他の県や市町村と異なっているということはない.新聞などでも「民間企業やNPO法人の経営ノウハウ,アイデアを活用し,効率的な施設運営を図ってもらいたい.そうすれば参入する業者間で競争原理が働き,これまでにない魅力的なサービスを安価で提供してくれるなら利用者にとっては大歓迎である」という論調で,指定管理者に移行していくことはものすごくいいものであるといわんばかりである.
 徳島県では現在,保有する30施設をその対象にすることが決まった.現時点では徳島県立博物館を初め,美術館などの文化施設は直営で行くことが決まっている.といってもこのままずっと直営でいくということではなく,現時点ではまだ十分検討できず,またこのままではこの制度へ移行することは難しいと判断したということである.簡単にいえば,調査研究や収集などの事業分野は単純に外部に委託しても利益をあげるということにはならないという点と,専門性を求められる部分がはたしてこの制度でやっていけるか,という点についての議論がまだ十分にできなかったという理由である.
 議論といっても我々がするのではない.どこで誰が行っているかまったくわからない状態で話が動いていく怖さがある.
 長崎県や山梨県の科学館などでの募集要項などを見ると,日本の博物館の哲学が景気と連動する怖さを感じてしまうが,状況はいずこも同じようなものである.
 今回は徳島県での各種施設の現況と,当館でのこの制度をにらんだ各種の取り組み(というほどはやっていないが)を紹介したい.

昆虫担当学芸員協議会ニュース 14号 (2005年9月18日印刷・発行)
発行:昆虫担当学芸員協議会
事務局:大阪市立自然史博物館昆虫研究室(金沢 至,初宿成彦,松本吏樹郎)
 〒546-0034 大阪市東住吉区長居公園1-23
 TEL 06-6697-6221(代)     FAX 06-6697-6225(代)
 E-Mail kana@mus-nh.city.osaka.jp
 振替口座:00920-6-138616 昆虫担当学芸員協議会



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